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ひもろぎ逍遥

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古代史が盛ん



福岡では各地で古代史講座が盛んにあっています。

どれも受講したいのですが、なかなか動けないでいます。
でも、今日は久留米大学の公開講座に行ってきました。

古代の瓦が定説では飛鳥から始まったとなっているらしいのですが、
福岡や熊本からはもっと古いものが出ているそうです。

また、三角縁神獣鏡が中国では出ていないのが定説ですが、
三角縁の規矩鏡や神獣鏡的なものが「越」の国から出ていました。

画像を一瞥しただけですが、平原遺跡から出た鏡に似てましたよ。

古代史、もっともっとダイナミックに描かれる時期が到来する予感。

こういう在野の研究が真実の歴史の構築に繋がるように願っています。


私も真鍋について、一つずつまとめたいという思いがつのっています。

そのためには、これまでにやり掛けたものを完成させなくては
ならないという、ジレンマの中、時間を生み出す工夫をする日々です。

そして、今日はもう一つ、水沼の関連から
大木町の三島神社に参拝して、お話を伺う事が出来ました。

落ち着いたら報告したいと思います。





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# by lunabura | 2017-02-26 23:26 | にっき | Trackback | Comments(1)

クシュ王国の鉄製品に驚いた



クシュ王国の鉄製品に驚いた



今日もテレビの備忘録。


アフリカ大陸のスーダンにクシュ王国がありました。





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紀元前2000から紀元400年ごろまでの国で、
メロエのピラミッド群はエジプトの影響だといいます。





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この国は鉄製品の輸出で栄えたといい、鉄滓が山積みになっていました。

日本のデコポコしたのと違って、粘質的なものが固まっています。

その鉄製品が一瞬写ったのですが、
生産用具がメインで、ヤットコもありました。

すでに紀元前から現代に通じるデザインがあったんですね。

ピラミッドを造る能力があるのだから、
そのようなものを作って当然なのですが・・・。

それに驚く私の頭の中はまだまだ固い(´-ω-`)




その北のエジプトから日本に渡来した人たちは
まずは糸島に入植したと真鍋はいいます。

エジプトーチベットー日本をつなぐ一つのストーリー。
エジプトの母系制など。

これも3月の歴史カフェのテーマの一つです。
真鍋の解読はとても興味深いです。



タイトルを「糸島―倭国創世紀前の王と王妃―」
にしようかなと考え中。

基本は昨年のものと同じですが、神話を読んでいなかったので、
今回は関連する天孫降臨の所も読もうと思います。

遠賀川上流の馬見山にニニギ尊が降臨した話。
韓国に向かう糸島に降臨した話。

など、まずはどんな課題があるのかを知ることから始めましょう。


『日本書紀』ではニニギ尊を
「筑紫日向可愛(え)の山稜に葬る」とあります。(p124)

鞍手の六ケ岳には瓊瓊杵尊(ニニギ)が葬られた「可愛の宮」があるのです。
これもまた大きな謎です。






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# by lunabura | 2017-02-25 17:40 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)

ハイランド




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キルトのパターンの最新作のパターン名が「ハイランドトレイル」
と気付いて笑っちゃいました。

ハイランドはスコットランドの高原地帯ですね。
ケルトの雰囲気があります。



以前、書いた話ですが、
スコッチウィスキー工場に掲げられていた創業時の働く人たちの集合写真が
明治時代の日本人とそっくりで二度見をしたことがあります。


シェイクスピアの生家も天井が低かったです。
入口が小学生の身長ギリギリだった。


部屋と部屋をつなぐドアは私でもかがまないと頭を打ちます。

ケルトも今では大柄かな。

ケルトが中央アジアから西に行ったのなら、
東に行った人たちもいたんだなと一昨日のテレビで思いました。

ケルトの風習と同じ「力石」が今は神社に奉納されていますが、
それを繋ぐ歴史を誰か研究していないかな。


日本の古墳時代の平均身長が165センチでしたっけ。

それでも関西の石棺はそれよりも短いのがあって、
膝を曲げたのか、小柄だったのかと思ったりしました。

きっと部族によって平均身長は違っていたんですね。

ニュージーランドに行った友人が、
山を隔てて全く違う人種が住んでいたと言ってましたが、
弥生時代ってそんな感じなんだろうなあと思ってます。


「ハイランド」からのいつもの連想パターン ^^






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# by lunabura | 2017-02-24 22:17 | にっき | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご60 アイルランドのケルト テレビ備忘



ひめちゃご60

アイルランドのケルト 

テレビ備忘
 

昨夜、NHKでアイルランドのケルトを尋ねて
ロックルーの丘からタラの丘までを歩く特集があったので、
備忘録を書いておこう。



ロックルーの丘 ― クロッサキール ー ケルズ ー 
コージーファーム ー ワードの丘 ― ダンデリー ー タラの丘まで。


ハロウィンの原点の「ソーウィン」の祭を目指す旅だが、
当方は遺跡目当て。

今回はマウンドが空から写されていて興味深かった。







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ロックルーの丘。
魔女の椅子。



ケルト人は中央アジアから紀元前3世紀ごろにアイルランドに到達した。
鉄と馬を持っていたという。







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ケルト十字架の十字はキリスト教で、丸は太陽を表す。









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ケルト文化とキリスト教の習合による模様。










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途中で一瞬写ったマウンドの遺跡。
今ゆっくりと見ると、タオの勾玉から始まる文様だ。










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ハロウィーンの原点である「ソーウィン」。
大地の女神の名は「トラクタ」。
この祭は祖霊祭だ。









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最後にタラの丘。








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各地の王が年に一度集まって儀式をするという。





タラという地名は世界に分布する。






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# by lunabura | 2017-02-23 20:39 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(6)

歴史講座でした



今日はリュックを背負って早良区まで。

「歴史と自然を守る会」の歴史講座、神功皇后の話の最終回でした。

『日本書紀』では消されていた一年間に沢山の謎の答えがありました。
これまでは伝承を客観的につなぐスタイルでしたが、
今日は総まとめとして、私の考えも話しました。

同じ話を次回の飯塚の麻生TNC文化サークルでもします。
消されていた筑豊の話、3月16日までお待ちくださいね。


友人と話をしていて、九州の古代の文化が
現代でも書き換えられようとしていることを聞きました。

ちょっと執筆を頑張ろう(^^;
と、昨日は気合が入りましたよ^^

アイデアが出るシーズンみたいで、
次々に出てくるテーマを記録しています。

皆さんにも、次世代にも伝えたい筑紫と豊と火国の古代史です。




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# by lunabura | 2017-02-21 20:12 | にっき | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご59 ジンヨウとパオタン



ひめちゃご59

ジンヨウとパオタン
 


2016年12月5日 結願


スクネが現れて対話があったあと、話題は沖ノ島に移った。
菊如はスクネに島について尋ねた。

「沖ノ島は本来どんな島なのですかね。宝物がいっぱい出るんです」
「海から入ったり出たりする関所だ。
金の無い者はすべてを置いて行かせた。
入れるか入れぬかはそこで決める。
外からの金銀財宝が眠っている」

「神の島と言われているんですが」
「近寄らせぬためじゃ。参道の位置。湊から入って来た。
石があり、小高い山がある。そこから下に降りていく道がある。
あの大社はそれらを隠すためのもの。島には神などおらぬわ」

「誰が島に最初に入ったんですかね。
中国から三隻の船が入ってくるのが見えるんですが。
水軍の長はスサというのではないですか」



この時、新たな男が来ていたらしく、
菊如はスクネをはずしてその男を呼んだ。



「どけどけい」
男が割り込んできた。右手には武器を持って威嚇していた。

菊如は悠然として尋ねた。
「お名前は?」
「ジンヨウ。あの地、我の地。入るでない」

「中国から来たんですか?中国から三隻の水軍で来ましたね」
「関所を通してほしくば、置いて行け」

片手を出して金を催促するジンヨウの言葉に応じて
菊如はまるで船乗りのように演じはじめた。
「他のクニの船はどんなものを置いていってますか。
我らも置いて行きますよ。
ちょっと聞いたんですけど、あなたに任せた人を知ってるんです。
ムカカタにいる人から任されたんでしょ。
その人の名を出せば何もいらん。通行できると聞いてますよ。」
「パオタンか。パオタンがわれにこの地を守れと言った」

「どこからやって来たんですか」
「パオタンはわれと同じだ」

私が横から尋ねた。
「パオタンはどういう地域に住んでいるのですか」
「川だ」

「釣川ですね」
「関所で取ったものを箱に入れて腕に抱えて持って行って、
赤橋の所で待ち合わせをした」


菊如はそれが何処か分かったらしい。
「鎮国寺の橋の所ですね。今は宗像大社になっている。
何があったのですか。
三人の姫様がおられることになっていますが」
「神様は海に住むわけがない。
海に住む神といえば大亀か龍神かだ。ワニ族とか。
いいか。
われの時代は島ばかりだ。
陸などない。
海を船で行き来する。
領土、線引きなどないね。
今の宗像大社の所も海だ」

菊如はさらに突っ込んで行った。
「パオタンって誰?」
「われらの船は陸に停泊なぞしない。
海に留まって小さな舟で陸にあがるのだ」
ジンヨウは質問には答えなかった。

が、菊如はさらに尋ねた。
「三女神の話があるけど」
「われらの時にはいなかった。
月巫女は見たことがある。
金と銀の扇を持って舞う。
突起した岬の上で巫女が踊っていた。
われは神など見たことは無い。
海の安全保障などできないぞ。
で?」
ジンヨウは再び片手を出して金を催促した。

菊如はしらばっくれた。
「何もない。
その人が名前を言えば通れると言ったんで。
パオタン。
どんな漢字なの」
「みな地域の名前を付ける。泡丹と書く。
うちにもヒメがいるぞ」

*****

これはまだ三女神の信仰が生まれる前の話だ。
だからジンヨウは三女神の話を知らなかった。

これを聞いて思った。
日本海を航海するとき、沖ノ島は水の補給地として重要ではなかったか。
水の補給地は陸の方は年毛宮(としもぐう)だった。

安曇族も宗像族もここで水を汲みだして海に向かったという。
沖ノ島は現在、水は少ししか出ないようだが、
腐らないという貴重なものだ。

そうすると、航海中に水を分けてくれる関守がいたとしたら、
宝物を置いていくことは大いにあるだろう。
実務的だ。
水の話は出なかったが。

それにしても、ジンヨウの話は自分の発想と違っていて驚いた。


分からないで書いた部分はコメントで補ってくれるだろう。

*****

年毛宮については『神功皇后伝承を歩く』下巻70に縁起を書いています。
サイドバーからもどうぞ。

                <2017年2月19日>




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# by lunabura | 2017-02-19 21:05 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(0)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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