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ひめちゃご48 八所神社3 古代天文の民がいたのか



ひめちゃご48

八所神社3 

古代天文の民がいたのか
 



さて、縁起のもう一つの注目点は星の描写である。

<そのうち叢雲の中から、宝剣の形をした光が燦然(さんぜん)と輝き、
南斗、北斗破軍星、太白、鎮星、九曜、七曜、二十八宿の諸星が
光る宝剣を守るように八方から照らし、南の方をさして進んで行った。>

これを見て、その星々をイメージできる人が何人いるだろうか。

私は北斗と太白と鎮星は分かったが、
あとはネットのお世話にならねばならなかった。

このヤマトタケルの物語を愛した里人たちは、
星の意味が分かっているので、こんな派手な振り付けをしたのだ。

この「二」の人たちは天文学の知識に長けていたと言わざるを得ない。
天文占いをしていたのだろう。




さて、せっかくだ。
この機会にこの里人たちに負けないように調べておこう。

「南斗」
南斗は北斗七星と似ているが、六星で構成されている。



c0222861_21172019.jpg

(画像出典 ウィキぺディア)

<北斗は死をつかさどるとされ、白い服を着た醜い老人の姿で描かれる。
南斗は生をつかさどるとされ、赤い服を着た醜い老人の姿や、
逆に若い美しい男の姿で描かれる。>ウィキペディアを改変

真鍋も北斗と南斗について書いている。

<祖先は北斗を末期の水をすくう匙、南斗を復活の薬を汲む匙とみていた。>
<北斗は人間の死を登録する神。南斗は人間の生を延命する神。儺p20>

北が死の世界、南は生の世界というイメージは遠い昔からあった。
ただ、この縁起では何らかの瑞祥として描かれている。



「北斗破軍星」
北斗七星の剣先にあるアルカイド星。




c0222861_2118850.png

(ウィキペディアより)

<北斗七星の柄先の星 (おおぐま座ηイータ) をさす中国名。
これを剣先に見立てて,その方向に向って戦うものは勝ち,
逆らって戦うものは負けるとして吉凶を占った。>ことばんく

<この星の守護を得ると戦に勝つと信じられていた。>ウィキペディア
破軍星は勝利のシンボルだった。


「太白」金星

「鎮星」土星

「九曜」
<インド天文学による9つの天体。
このうち七曜は実在する天体で、残りの二つは月の交点のうち、
昇交点(ラーフ)、降交点(ケートゥ)のことで、日食と月食に関わる。>
ウィキペディアを改変。


「七曜」火星・水星・木星・金星・土星・太陽・月

「二十八宿」
中国古代での、星座の区分。黄道(こうどう)を二十八に分けて、星座の所在を示した。

以上、簡単にまとめてみた。



こんな難しい専門用語が縁起で普通に語られるのだから、
この「二」の里人は天文の話は日常だったのだ。

占星術を行い、天文観測も実際にしていたのだろう。
ここも地形的に東西や北の目安の山を探すと面白いのかもしれない。

以上から推測すると、
ヤマトタケルもここにやって来たのは吉凶を占ってもらうためだったのかもしれない。

それがのちに、剣から立ち昇った叢雲の中に光り輝く宝剣が現れ、
それを囲んで諸星が宝剣を囲んで南に進んだという華やかなストーリになった。


当地にはその占星術が継続され、
斉明天皇もまた、吉凶を占って貰いに来たのかもしれない。

ふと、そう思った。








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# by lunabura | 2017-01-23 21:20 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(0)

ひめちゃご47 八所神社2 「二」という地名



ひめちゃご47

八所神社2 「二」という地名
 


さあ、ようやくこの物語に戻ろう。
水巻町の八所神社の途中で中断していた。

この八所神社の鎮座地は遠賀郡水巻町二西四丁目一の一だ。

住所の「二西」は「ふたにし」と読む。

この「二」(ふた)という地名がヤマトタケルに由来していた。
『水巻昔はなし』を参考に概略を書こう。


ヤマトタケルが船でこの「浮島」という山にやって来て、
山上に十握剣を立てて天地の神に祈った。

すると、剣から一筋の雲が立ち昇って、入り海の数か村を覆い、
叢雲(むらぐも)で蓋をしたように垂れ込めた。

そのうち叢雲の中から、宝剣の形をした光が燦然(さんぜん)と輝き、
南斗、北斗破軍星、太白、鎮星、九曜、七曜、二十八宿の諸星が
光る宝剣を守るように八方から照らし、南の方をさして進んで行った。

これを見たヤマトタケルは感激して、
「これは皇祖天照大神と素戔嗚尊のお召しによる瑞雲だ」
と思って決意を新たにすると、叢雲がたちまち晴れた。

それから、この地を蓋叢雲郷(ふたむらぐものさと)と呼んでいたが、
これが略されて蓋叢郷となり、蓋叢村と変わり、
二村村、二村、二と変化していったという。



この話から、二つの事に注目したい。
一つは十握剣と天叢雲剣。
もう一つは星の描写だ。


まずは一つ目のヤマトタケルの十握剣と天叢雲剣について。

ヤマトタケルが手にしているのは十握剣だが、
「叢雲」の中から出現した「宝剣の形をした光」は
明らかに「天叢雲剣」を象徴している。

この「天叢雲剣」は八岐大蛇(やまたのおろち)のしっぽにあった剣で、
スサノオが取り出したものだ。

スサノオはこの剣をアマテラスに渡した。
それがニニギ尊に降ろされて、倭姫(やまとひめ)に伝わり、
ヤマトタケルに与えられた。

のちに草原で火に囲まれた時に、その剣で草を薙ぎ掃ったことから、
草薙剣というようになった。


そうすると、今ヤマトタケルが手にしているのはその天叢雲剣、
あらため草薙剣そのものの可能性がある。

だから、その剣を立てたら叢雲が沸き起こったとするのだ。
そして、ヤマトタケルに
「これは皇祖天照大神と素戔嗚尊のお召しによる瑞雲だ」
と言わしめた。

まさに叢雲剣の霊威が現れ、勝利を約束された瞬間だった。



いかにもビジュアルに仕立て上げられた話だが、
ヤマトタケルを愛する里人がその話を何度も繰り返して
子供たちに言い聞かせたようすが目に浮かぶ。








c0222861_2350303.jpg

この像はその話を描いているのが、こうして理解できた。

惜しむらくは、ヤマトタケルはまだ16歳のころだ。
ヒゲはまだないかもしれない。
このあと、女装してもバレなかったのだから。(^_-)







八所神社
遠賀郡水巻町二西四丁目











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# by lunabura | 2017-01-22 18:00 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)

歴史カフェ第11回209、212のご案内

01月21日 23時に申し込まれた「〇川明〇」さま
メールが戻ってきます。もう一度、アドレスを確認してください。




歴史カフェ第11回

209、212のご案内


今年の歴史カフェはこれまでの分を最初からおさらいしていきます。

第11回のタイトルは

       「脇巫女」の舞台 鞍手と佐賀
     ―物部・三女神・ヤマトタケル・熊襲タケルー
です。

「脇巫女」は不思議なきっかけで始まった集団幻想小説ですが、
改めて読み直すと、あらすじに矛盾がなくて
興味深いストーリーが紡ぎ出されていました。



第1回は始まったばかりだったので、中間報告的な意味合いでしたが、
一年経って、ほぼ全体のストーリーが見えたので、
今回はそのあらすじを話したいと思います。
鞍橋の君は関係ありませんでしたね^^


セオリツ姫、姫大神、二女神、イチキシマ姫、三女神などについて、
分析してみると、一貫性のある世界観があって、驚いてもいます。


この話をきっかけとして、鞍手と佐賀の地名と古代史を知り、
物部と三女神の伝承を知るというスタンスでお話ししたいと思います。


次のような構成です。

1「脇巫女」の物語 あらすじと鞍手の地名歴史
2 宗像三女神 
3 川上タケルと江上タケル 佐賀と北九州・直方
4 日本武尊と武内宿禰 

ヤマトタケルの進入によって二つに分裂する物部、
滅ぼされて宇佐や佐賀に逃げた一族、
また伝承に残された熊襲タケル二兄弟。

など、北部九州の点と点をつなぐ古代史を一緒に楽しみましょう。


2017年2月9日(木)と2月12日(日)です。



『神功皇后伝承を歩く』を持っている方は上下巻とも持ってきてください。
付箋もあるといいですね。
当日は詳しく読む時間がないので、
どこに書いているのか、あとで楽しむための付箋です。

本は持っていなくても大丈夫です。
購入希望の方はメールか、コメント欄(非公開で)に書いてください。
持ってきます。




日程 2月9日(木)2時~4時
2月12日(日)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)

募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755


申し込み方法 
「歴史カフェ209希望」もしくは「歴史カフェ212希望」と書いて、郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)


メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。

「一度参加された方」は、フォームを使わずに、
直接、綾杉の返信から申し込んでくださってもOKです。
二度目以降は住所を書かなくてもいいですよ。


申し込みがあれば必ず返信しております。返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、調査をお願いします。


オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)

地図 オーガニックひろば ひふみ



 皆さんのご参加をお待ちしています♪






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# by lunabura | 2017-01-21 16:03 | Trackback | Comments(0)

ひと息



今日は、飯塚での古代史講座でした。
ご参加の皆さまありがとうございました。

気付くとスケジュールが立て込んでしまった一週間でした。

各地でいろんな話をしましたし、
皆さんからも話をいただきました。

小さな情報でも、大きなヒントとなってくれます。
今はそれらが頭上をグルグルと回っています。

時間が経てば、ラセンを描きながら着地し、
新たな芽を吹き始めるのでしょう。



今は、自分の思いと実現のための時間のギャップが大きいので、
静かな時を造ろうと思います。







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風が吹くと揺れる湖水。
きれいです。





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# by lunabura | 2017-01-19 21:21 | にっき | Trackback | Comments(0)

明日19日は飯塚で羽白熊鷲、田油津姫との戦いの話です



明日19日は飯塚で

羽白熊鷲、田油津姫との戦いの話です。



明日は飯塚での古代史講座、「神功皇后講座」の3回目です。

前回までは仲哀天皇が崩御して、亡骸を忌宮神社に届けると、
小山田斎宮で教えを垂れた神々の名を尋ねたと『日本書紀』に
書かれた場所が実存することなど紹介しました。

3回目はその『日本書紀』に書かれた
荷物田村(のとりたのふれ)の羽白熊鷲を攻撃し、
山門(やまと)の田油津姫を攻めていくルート上の伝承を話します。

これらもまた書紀に書かれた所が神社となって残っていました。
そして、それを補う神社群がルート上にありました。

神功皇后が大本営とした夜須には松峡八幡宮(上巻41)があります。
皇后軍が敷いた七か所の陣営の跡地は「七ケ森」と呼ばれ、
そこを辿っていくと、羽白熊鷲の終焉地に着きました。

その終焉地には寺内ダムが出来ましたが、
幸いにも墓所は陸地にあります。(上巻50)

その墓が施設のプールに引っかかったため、
現在、直ぐ近くに大きく再興されています。






c0222861_18391181.jpg

地元で採取した話なども紹介します。




さて、神功皇后軍が羽白熊鷲を討伐したあと、寺内から下山すると、
武人たちは武器を研ぎ(太刀八幡宮下巻52)、
次なる田油津姫攻撃の準備をしました。

神功皇后は水沼水軍(下巻56)の出迎えを受けて、
山門に上陸し、ついに田油津姫を討ち取ります。





c0222861_18395093.jpg

(田油津姫あるいは葛築目の墓と言われる、女王塚。今は蜘蛛塚という)
下巻59


田油津姫が何故、殺されなければならなかったのか。


その理由は田川の若八幡神社(下巻60)に書かれていました。

田油津姫は神功皇后を暗殺しようとしたというのです。

『日本書紀』だけでは解けない神功皇后の謎。
今回は朝倉から山門にかけて、次々に現れてくる伝承を辿ります。





この古代史講座はスポット参加ができます。
興味をお持ちの方は、以下に連絡の上、ご参加ください。
パワーポイントで楽しむ古代史講座です。


2017年1月19日 13時半~15時

麻生西日本新聞TNC文化サークル 
アイ&カルチャ あいタウン飯塚
電話 0948-22-3356(申し込み先)

福岡県飯塚市吉原町6-1(あいタウン3階)








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# by lunabura | 2017-01-18 18:47 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

歴史カフェ2017年は復習編です



歴史カフェ2017年は復習編です



一昨日、本日と、歴史カフェの第十回を終了しました、
ご参加の方々ありがとうございました。

今回は12000年前の北極星ベガから現代の北極星ポラリスまで、
大きな流れを掴みました。

北極星の変化から時代を読み取ることも出来るようになったかと思います。

真鍋大覚の壮大な歴史はガリア、エジプト、エトルリア、トロヤ、漢など
世界を巡りながらの大捜査でした。



さて、今年の歴史カフェは復習編です。
これまでの十回分をおさらいします。

内容はブログに書いたものを時代やテーマで整理してきましたが、
誰も語らない、奥深い筑紫や肥前の話となりました。

これらをもう一度第一回からやり直します。


昨年の第一回は「脇巫女の今」というタイトルでしたが、
物部の里である鞍手と肥前の古代史を
ヤマトタケル、武内宿禰というニ勇や
鞍橋君(くらじのきみ)という、百済王子と共に戦い、
王子を助けた鞍手の武人を軸に話しました。

今年の分については、
タイトルを変え、内容も少し手を入れることになろうかと思います。

取りあえず、日程だけ決めました。

2017年2月9日(木)と2月12日(日)です。

歴史は螺旋階段を下ったり、上ったりしながら、
自分の中に構築されていきます。
これまで参加された方も、新たな気付きがあろうかと思います。

参加しそびれたかたも、興味のあるテーマからご参加くださいませ。

会場は同じく「ひふみ」です。

詳細はまた改めてご案内しますが、申し込み受付を開始します。


ご参加お待ちしています。





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# by lunabura | 2017-01-17 21:16 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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