ひもろぎ逍遥

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ウェールズの音楽は二進法



ウェールズの音楽は二進法




先日、関口知宏がイギリスの汽車の旅をする番組の再放送があっていた。

途中、ウェールズに立ち寄ってハープ奏者と出会う。
ハープ奏者は男性だった。

原始的なハープが出されたが、
忌宮神社で弾かれる琴と同じような大きさだった。
ノートパソコンより少し長いもの。

古代日本でも琴は男性が弾くものだったことを思い出した。


それから現代のハープが奏でられたが、その音色を聞くと、
妖精が飛び出してくるのではないか。
ハープとは妖精を呼び出す楽器ではないかと思われた。

その男性いわく、
ウェールズの音楽は二進法だという。

0と1。

それが意味する物は
「宇宙」と「地球のうつろう一瞬」
そのような意味だったという。

永遠と刹那(せつな)ということだろうか。
地球のすべてのものは一瞬たりともとどまらない。

ウェールズの音楽は、だから、
宇宙への呼びかけということになるのだろう。



真鍋大覚は、神籠石(こうごいし)は「0」と「1」で出来ているという。
ウェールズと同じ思想だ。

神籠石(正しくは「八葉の石畳」)の謎のヒントがここにあるのかもしれない。


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# by lunabura | 2017-08-18 21:38 | メモ | Trackback | Comments(0)

ファラオ展に行ってきました。




「黄金のファラオと大ピラミッド展」に行ってきました。




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今回の特徴は何と言ってもファラオの石像が何点も出ていることでしょう。
本物を間近に見られるのは幸運だと思いました。

漆黒のファラオ象の石材は黒砂岩です。
砂岩ですから、ある程度加工しやすいのでしょうが、
表情までも表現されていて、
つややかな肌と共に、魅力的でした。

メモ
水準器は木と石で作る。
石を切るのは石。
石の表面を削るのは銅器。のちに青銅となる。

銅の斧と木を結ぶのは皮のひも。
方解石(アラバスタ―)で器や壺を作っている。
やわらなか乳白色は自分的にも好きな石。



ビーズは石に孔を開けている。かなりの労力。
ラピスラズリはアフガニスタンから。
赤玉や金はアフリカ産。

太陽の船は二つあり、一つは十本のオールで漕ぐ。
もう一つは帆船。

夫婦像では妻が夫の肩に手をかける。
子供は裸で、人差し指を口に当てる。
どの像も裸足。サンダルは見かけなかった。

ミイラの木棺は木と漆。
顔料には鉱物。

筆遣いは絶妙。2ミリほどの線を一筆で迷いなく描いている。
面相筆のようなものを使っていたのではないか。
5ミリほどの線には筆先の跡が残る。

アメンエムオペト王の黄金のミイラマスクは実物大。
実見すると、微笑んでいるように見えた。

比較すると、
それより昔のツタンカーメンのマスク方が技術的には遥かに優れている。
象嵌や、地球でまだ製造法が分からない金属の存在などを考えると、
超技術は進化していくだけではなく、
失われていくものも多かったのだろうと思われた。

ファラオたちの時代は紀元前2558年とか、紀元前2331年とか、
驚くほど古代。




エジプト展は時々ありますが、
展覧会によって、全く違う世界が見えますね。

自分の関心も変化していきます。
今は素材に興味あるのがよく分かりました^^



8月27日まで。





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# by lunabura | 2017-08-17 20:54 | にっき | Trackback | Comments(0)

新たな夢



一昨日、あるアイデアが生まれたのですが、
それが実行可能なことが分かって、
その夜はなかなか寝付けませんでした。

試行錯誤があって、夢が膨らんだり、現実が見えたり。
意識が高まったり、急降下したり。
それで眠れなくなったんですね。

で、来年度は実行しようと決意しました。

その時にならないと具体的な内容は発表できませんが、
女神巡礼のバスツアー、
歴史カフェ、
と、これまでもアイデアを実現してきたので、
来年の今頃には発表できるように
少しずつ準備をしていこうと思います。

遠い方にも喜んでいただけるよう。
そんなアイデアです。



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# by lunabura | 2017-08-16 21:40 | にっき | Trackback | Comments(0)

青幡神社 伊万里市 神功皇后の青幡白旗にちなむ宮 松浦党


青幡神社 伊万里市

神功皇后の青幡白旗にちなむ宮

松浦党の祖




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いきなり巨大なクスノキ!
ここは伊万里市の青幡神社です。

伊万里湾の西に鎮座する宮です。







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大通りから入ると古社の風情が迫ってきます。
ここからは横から入ることになります。







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正面に回りました。







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拝殿です。
祭神は武甕槌命、経津主命、比売大神、天津児屋根命。
ほか多数。

縁起が見当たらないので、
『佐賀県神社誌要』から口語訳します。

本社、社号及び二の宮白旗神社の社号は、神功皇后征韓の軍旗に始まる。

神功皇后が三韓を征する時、まず神代の天の磐戸の神事に
青と白の幣が使われたことにちなんで、青幡、白旗をつくり、
左右の先鋒旗にされたという。

その後、後冷泉天皇康平6年(1063)、
鎮守府将軍の源頼義が八幡宮を鎌倉に勧請する時、
青幡を陸軍神、白旗を海軍神と定めて左右の摂社として奉鎮した。


青幡、白旗は神功皇后にちなむものでした。
天の磐戸の神事があった所といえば、志賀島の神遊の瀬を思い出します。
そこで皇后は神楽を奏したといいます。

その神事の幣は青と白だった訳ですね。

それにちなんで青幡、白旗を造って左右の先鋒旗にされたという。

この戦いの縁起絵巻が各地に伝わっていますが、
紅白のケースと青白のケースがあります。

紅白の旗は宗像の織幡神社で造らせた縁起があります。
それは長手というものになるので、
ナカテではないかと話が盛り上がったことがあります。

そう、運動会の門に紅白の螺旋を巻くやつ。
ルーツがメイポールダンスと関連してましたね。



話を戻しましょう。
この青幡白旗は鎌倉で陸軍神、海軍神のシンボルとなったそうです。
これは初耳で、興味深いですね。





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さて、縁起の続きです。

近衛天皇久安5年(1149)、源太夫判官松浦直が松浦党の主領として
その政庁を当国松浦郡山代郷、里村に開設し、
南北百間の鬼門の相として青幡神社を創建し、鎌倉八幡宮の末社とし、
郷の宗廟と定め、また白旗宮を伊万里の境に建てて二の宮とし、
共に家門の安泰武運の長久を祈る。


松浦直についてですが、
ルーツは嵯峨天皇の皇子融だそうです。

融が源の姓を賜り、その融の八世の孫源久がこの松浦郷に西下して松浦氏を称し、
松浦党の祖となりました。

その久の長子が源直だということです。

ここは東山代という所ですが、館を設け、政庁の鎮守として青幡神社(一の宮)、
白旗神社(二の宮)および宝積寺を創建したそうです。
(境内掲示板より)



松浦党の歴史、初めて出会いました。



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佐賀県伊万里市東山代町里348






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# by lunabura | 2017-08-15 21:34 | 神社(ア) | Trackback | Comments(0)

お勧めは「国立国会図書館デジタルコレクション」



お勧めは

「国立国会図書館デジタルコレクション」



今日は次の神社の縁起を調べるために
『佐賀県神社誌要』を読み込んでいて、時間切れとなりました(^^;

この本は「国立国会図書館デジタルコレクション」→
「佐賀県神社誌要」で検索すると出てきます。

リンク先は以下。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1020648








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こんなページです。

この本は目次が付いていないのが難点です。

で、最初から順番に探していったのですが、
福岡県と違った趣があって、はまり込んでしまいました。

一番最後に祭事日程一覧表とかがあるので、
これが目次代わりに利用できるかなと思います。

やはり景行天皇、神功皇后関連は創建の事情が分かりやすいです。

水軍が住吉水軍がメインの所、安曇水軍の所など、
エリアで分かれています。
宗像は三女神が山々にずらりと祀られているのが興味深いですね。

本格的には各市町村誌が必要ですが、
とりあえず、導入としていいかなと思います。

私は他にも、「福岡県神社誌」上中下「太宰管内志」など、利用しています。
「福岡県神社誌」は分量が多いので目次だけ印刷しておくと便利ですよ。
(と言ってる本人は一部しか印刷してないけど(^^;)

50年以上前の地方誌は大体読めそうですねえ。
誰でも読める!すごい時代になりました^^


面白い本を見つけたら、教えてくださいね!



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# by lunabura | 2017-08-14 21:52 | にっき | Trackback | Comments(2)

淀姫神社 伊万里市「末羅県鎮守の霊場」



淀姫神社 

「末羅県鎮守の霊場」
豊玉姫を祀る宮
 
伊万里市大川町

伊万里(いまり)市から武雄(たけお)市に抜ける途中、
山中で通行止めに遭った話を前回したが、迂回する途中で、淀姫神社の前に出た。







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「こんな所に大きな淀姫神社がある」
「お参りしなさいということだね」
ということで参拝した。

佐賀には淀姫神社が多い。
既に何社か記事にしているが、すべてが川の合流点にあった。
川の氾濫を鎮める女神だと総合的に考えている。








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こちらは神社の前の風景。盆地のようにもみえる。
地図を見ると、松浦川に支流が流れ込む小平野のようだ。

この小平野も何千年もかけて激しい雨に流された土砂で形成されたのだろう。

ここは佐賀県伊万里市大川町大川野。








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いかにも古社らしい風情がある。









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参集殿だろうか、
まるで武道館のようにも見える建物に心が引かれた。

お武家が少年剣士たちに武道を教えていそうな、
映画の舞台になりそうな雰囲気のある建物だ。





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御祭神:與止日女命・建御名方神・菅原道真公








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神殿が白色で珍しい上に、女神の華やかさがある。
右手には龍と波が描かれていた。與止姫そのものだ。




幸いにHPがあったので、由緒の一部を引用しよう。
 

【由緒】
大川野盆地中央の伏熊山に鎮座する当社は 第29代欽明天皇の御代24年(563年)に御鎮座されたと伝えられています。

古代、『魏志倭人伝』に登場する末廬国(まつらこく)が唐津地方に栄えた頃であり、古くは「末羅県鎮守の霊場」とうたわれました。

かつては「河上大明神」と称されており、松浦川の鎮守の神でありました。現在も鳥居の扁額は「河上社」と掲げられています。

 與止日女命(ヨドヒメノミコト)を主祭神とし、後代に建御名方神(タケミナカタノカミ)、菅原道真公を合祀しています。

この建御名方神は、古くは長野原の古鳥居(現 肥前長野駅の北側)にあった「諏訪大明神」の御祭神で、今から千年以上前に合祀されたと伝えられています。



前回は武雄の磐井八幡宮を紹介したが、
欽明天皇は磐井の次の時代の天皇だ。6世紀の鎮座だという。

ここは末盧国のエリアでもあるらしい。






【與止日女命 (よどひめのみこと)】

与止日女命はまたの名を豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)といい、海神・大綿津見神(オオワタツミノカミ)の娘にあたります。

 記紀神話では海神・大綿津見神と豊玉姫命は、海神宮(わたつみのみや)にやってきた火遠理命(ホオリノミコト)=山幸彦に、潮の満ち引きを自在に操る「潮満玉(しおみつたま)・潮干玉(しおひるたま)」を与えます。

陸に戻った山幸彦は、低い土地や高い土地に田んぼを作りますが、水をつかさどる玉を持っているので、いつも豊作となります。

豊玉姫命が五穀豊穣の神様として祀られる由縁です。古来、大川「松浦川」の氾濫に苦しんだ人々が、潮満玉・潮干玉を以って水を自在につかさどりたいという願いが垣間見えるようです。

 また、豊玉姫命は、山幸彦と結婚し身ごもりますが、天の御子を海の中で産むわけにはいかないと、陸に上がり浜辺に茅(かや)の代わりに鵜の羽で産屋を作ります。

しかし途中で産気づき、鵜茅葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)を「鵜の羽も葺き終わらないうちに」あっさりと出産されます。このことから、縁結び・安産の神様としても信仰されています。


やはり、松浦川の氾濫を鎮める神として淀姫を祀ったようだ。
與止姫を豊玉姫とする例は時々見られる。
本来、與止姫は豊玉姫とは別神で、
夜渡(よど)七十の津波を鎮める神だと考えている。

夜渡七十とは七十年に一回、有明海から津波が遡上する現象をさす。
夜渡祭があるところは、津波の喫水線に当たることを
数年前に調べた。

真鍋は七十年というサイクルは、この夜渡七十に限らず、
災害のサイクルだということを言い伝えている。
今がその時なのだろうか。

さて、
豊玉姫は玉依姫とともに、潮満珠、潮干珠と考えられている。
豊玉姫は潮満珠なので、津波の寄せ波の象徴でもあり、
與止姫と同じといえば同じ現象なのだ。

「トヨ」と「ヨド」が混同されるようになったのだろう。




参照 河上大明神 淀姫神社 HP
http://www2.ihn.jp/~t-nk.410/index.html

鎮座:佐賀県伊万里市大川町大川野






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# by lunabura | 2017-08-13 22:19 | (ヤ・ラ・ワ行)神社 | Trackback | Comments(2)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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