2010年 03月 10日
多賀神社 (1) イザナギとイザナミの夫婦神を祀る宮
福岡県直方市
イザナギとイザナミの夫婦神を祀る宮
シンボルはセキレイと桃の子だよ
多賀神社は小高い丘の上にありました。長い石段が堂々と高く高く伸びています。
駐車場へは、丘を迂回して、裏側から上ります。
境内がとても広い上に、直方の町がぐるりと見渡せる、神が鎮座するにふさわしい一等地でした。
山門がかなり大きいです。
これをくぐって行くと、本殿。
おお、これもまた大きい。
創建は不明ですが、江戸時代や炭鉱時代に、大変あつく信仰された所のようです。
お祭りも、大名行列があって、平安時代から江戸時代までの衣装の人々が練り歩くのが見られるそうです。
御神幸は御輿(みこし)でなく、神馬に載せられてのお渡りとか。御輿でないのは全国でも珍しいそうです。
そうそう、馬を見に来たのでした。
等身大の立派な像です。
さあ、御祭神はどなたでしょうか。
由緒書きがありました。(口語訳)
御祭神 イザナギの大神とイザナミの大神。ここにはイザナギとイザナミの夫婦神が祀られていました。
寿命の神である多賀大神は天照大神のご両親で、この宮は古く日の若宮と言いました。
奈良朝の養老三年に再建し、天平八年に妙見(みょうけん)大明神と称えました。
この二人の神が生んだ子供の数は大変な数です。
日本の島々を生み、海や山や自然の神々を生み、最後の最後にアマテラスを含む三貴神を生みました。
ちょうど、この二柱の神を現代語訳した所ですが、この二柱が日本神話の中枢にある、
大事な神々だというのがよく分かりました。
夫婦の始まりであり、出産、死去、子殺し、死後の世界、禊、国生み、神生みと、
あるいは人口の増加の謂われ、などなど人間の普遍的な営みをシンボル化した夫婦の神なのです。
この神社のシンボルは鶺鴒(せきれい)と桃の実だって!
なるほどですねえ。
セキレイとは、雀の大きさの可愛らしい小鳥です。白と黒色で、尻尾がシュッと長く伸びています。
(よく、自動車のサイドミラーに映った自分を見てる変わった鳥です。)
この鳥は尻尾を上下に振り振りして歩きます。
これを見て、イザナギとイザナミの神は夫婦の交わりの方法を学んだといういわれがあります。
だから、セキレイと言えば、夫婦の円満を象徴する鳥なのです。
桃の子は、この夫婦が死に別れした後のエピソードから来ています。
黄泉の国に妻を探しに行ったイザナギですが、約束を破って妻の亡骸を見てしまい、
恐れおののいて逃げ出してしまいます。イザナミはそれを恥じ、追っ手を差し向けます。
次は古事記の該当の部分です。
(イザナミの命が差し向けた)軍勢はさらに追いかけて来て、黄泉比良坂(よもつひらさか)のふもとに着きました。その時、イザナギの命が、そこに、なっていた桃の子を三つ取って、待ち構えて投げつけると、みんな逃げて帰りました。
そこで、イザナギの命はその桃の子に言いました。
「お前は、私を助けてくれたようにして、葦原の中つ国にいるすべての青人草(あおひとくさ=人々)が苦しい瀬に落ちて憂(うれ)い悩む時に助けてあげなさい。」
と言って、オオカムヅミの命と名を授けました。
こうして、助けてくれた桃の子に大神の実という名前を授けました。
桃って可愛らしい姿をしながら、災いを払ってくれるすごいパワーの持ち主でした。
この桃の子が神社のシンボルです。
お祭りには桃のお菓子が与えられるそうですよ。魔を払い、人々を幸せにしてくれる。
神話の世界が今でも生きていました。
セキレイや桃と言えば、イザナギとイザナミの事だって、昔の人はよく知ってたんですね。
(つづく)
二人の神について、現代語訳しました⇒サイドバー
次回はここが妙見神社となった訳にチャレンジです。