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八剣神社(3)上宮・ヤマトタケルの行宮跡は眺めが抜群だよ


八剣神社(3)上宮(剣岳城)
ヤマトタケルの行宮跡は眺めが抜群だよ

舗装された一本道を登っていくと、広い駐車場があります。
そこからいくつもの道が頂上に向かっています。どれをとっても大丈夫です。
廻りの木々は桜がいっぱい。ここは桜の名所なんだ。

ゆるやかな遊歩道に導かれれば、ほどなく頂上に出ます。
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眺めが抜群です。なるほど、ヤマトタケルの命が褒め称えたはずです。
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六ケ岳方面を撮りました。
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頂上には見晴らし台があり、剣岳城の説明板がありました。
ここには山城があったんですね。
なるほど、これまでも360度の展望の地なら山城がありました。

だれのお城なのか、ちょっと読んでみましょう。
剣岳城
剣岳城の歴史は、言い伝えによると応仁年間(1467~1468年)、梅野土佐が築城したことに始まります。その後、文明年間(1469~1486年)宗像氏の下城となり、野中勘解由が城代として、宗像氏の防衛にあたりました。

1500年代、秋月氏の支配下におかれ、跡部安芸守が城代となりますが、戦乱の世となり、度重なる合戦ののち、天正年間(1573年~1592年)豊臣秀吉が九州を平定したころに落城したと伝えられています。

発掘調査の結果、この城の本丸に、建物跡、井戸の跡が確認されました。そのほか、防衛設備として、本丸の四方に石垣、北東側を除く三方に竪堀(たてほり)南東側に土塁、北東側に二重の土塁、空掘が築かれています。

また、敵が一勢に攻め込まれないように、出入口がコの字状(虎口)に造られています。このように、剣岳城はその歴史や城の構造から、居城ではなく、防衛設備が整った戦略的な城だったと考えられます。

頂上にはもちろん八剣神社の祠もありました。
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ヤマトタケルの命田部今朝麿が建てた行宮(あんぐう)でしばらく休息しました。
この地を去る時に雷雨に遭い、その時祀った雷神も八雷神社として残っていますが、
新幹線が通るために、この八剣神社に合祀されています。

地図 八剣神社 



では、次回は同じ鞍手町の古物神社に行ってみましょう。



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by lunabura | 2010-06-18 11:25 | 八剣神社・やつるぎ・鞍手郡 | Trackback | Comments(2)
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Commented by やまと at 2013-10-09 20:57 x
10月12日は八剣神社の秋季大祭です。
19時ころから湯立神事の里神楽を奉納します。
両部神道の神社で珍しい神事です。
よかったらお出でください。
Commented by lunabura at 2013-10-09 21:00
やまとさん、こんばんは。
お久し振りです。
八剣神社の湯立神事ですね。
御案内、ありがとうございます (^-^)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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