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桜井神社(1)嵐の中で岩戸が開いた


桜井神社(1)
さくらいじんじゃ
福岡県糸島市志摩桜井4227
嵐の中で岩戸が開いた
かつては與止姫大明神と号す

福岡市の北西部にある糸島半島はかつては島でした。
その奥の方に桜井神社はあります。
創建は江戸時代で、当時の姿がそのまま残っているお宮です。
さあ、では、江戸時代にタイムスリップしましょう。
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静かで広々とした境内の小さな石橋を渡っていくと楼門の古さと重厚さに目を奪われます。
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楼門の近くから見上げました。
これは江戸時代のもので、扁額には「正一位與止姫大明神」とあります。
ところが裏側にも扁額があって、それには「桜井神社」とありました。
ここは桜井神社と普通呼ぶのですが、與土姫(よどひめ)の名前が!
楼門の表と裏の二つの扁額の名前が違います。大変珍しいです。
どのような事情なのでしょうか。
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楼門を通るとすぐに拝殿があります。彫刻が素晴らしいです。
拝殿の中には奉納された絵馬が沢山かかっていました。
二見が浦の絵馬が多いです。二見が浦はこの神社の北側の海にあります。
昔はそこでミソギをしてから、この神社に参拝したそうです。伊勢神宮の風習とよく似ています。
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扁額を見ると、手前が「桜井神社」。奥には「與止妃宮」と書いてあります。
やっぱり、二つ。どうなってるのでしょうか。

神社の説明書きがあります。読んでみましょう。

桜井神社略記と祭典案内
慶長15年(1610)旧暦6月1日から2日暁にかけ、桜井の里を中心に雷鳴轟く大豪雨の中、岩戸神窟の口が開き、霊験あらたかな神さまが出現されました。
それから、奇瑞多く、ついに筑前二大国主・黒田忠之公も聞き及ばれ、自ら参拝し、おおいに稜威を感じ、御社伝造営を発願されました。

寛永6年着工、寛永9年(1632)に桧皮葺三権社流れ造りの絢爛豪華で極彩色豊かな御本殿と御社伝及び境内整備が壮麗を極めて完成しました。
この神社の始まりは江戸時代の初期で、
大豪雨の中、岩戸が開いて、霊験あらたかな神が出現されたと言う事です。
しかも、不思議な事が沢山あったので、黒田藩主・忠之公までも訪れて、その神威に感じ入り、
ついには社殿を建てられました。この神社は黒田のお殿様が建立されたお宮でした。

この件については貝原益軒が大変詳しく書いていました。
今日はそちらを訳しながら紹介したいと思います。
この里は山谷の間にあって、志摩郡の中央にある。その境内は広くて、東西4キロあまり。
桜井と名付けたのは、圓光寺という枝村の民家の後ろに、桜井という井戸があって、その名を付けた。
井戸は深くはなかったが清らかだった。昔この井戸のそばに大きな桜の木があって、その木の傍から水が出たので、桜井と言うようになった。昔の桜は枯れたが、先の藩主忠之公が、井戸の側に桜を植えさせられた。
今もその木がある。
桜井というのは桜の木のそばに清らかな水が出たのが起こりでした。
それが地名となりました。

さあ、続きは桜井神社についてです。
この里の藍園という所に與土姫明神の社がある。與土姫は社号で、神直日、大直日、八十枉津日の三神を祭っている所だ。社殿の後ろの小高い所に岩窟がある。
これを岩戸という。瓦屋根を作ってその上を覆っている。
岩戸の入口の間の長さ一間二尺(250センチ)、横5尺(165センチ)、高さ二間半(460センチ)ばかりだ。
(奥行きと高さと入れ違っている?…ルナ)

この社の創立を尋ねると、慶長15年の6月1日の暁からこの岩窟の当たり十町(1キロ)ばかりの間、風雨が激しく、雷電もしきりに鳴って、終日やまなかった。翌2日の暁までそうだった。この時、岩戸の口が初めて開いた。これを聞き及んで、遠近の人が大勢見に来た。

この村に浦新左衛門と言う者がいた。浦という邑に住んでいた。その妻に神が懸かって、参詣の人が吉凶を尋ねてみると、間違いがない。その他、様々の神の霊異が数え切れないほどあった。

今の世の人はそれを聞き伝えたり、目の当たりにした人もいるので、それを詳しく書いても、嘘だとは思わないだろう。しかし、あまりに不思議な事が多いので、後世になって、嘘ばかり書いていると言われると残念だし、
怪しい事は書かないのが古聖の訓なので、これほど稀有な神異だが、ここには書かない。

同年、11月21日、かの新左衛門の妻にお告げがあって、5年間、五穀を絶って、ただ茶酒だけとって、穢れた食べ物を忌むようにとの教えだったので、それから5年間、五穀を食べずに、ひたすら茶酒のみ飲んでいた。

こうして、参談所といって、一間ほどの所を構えて、日々お参りして来る人たちの吉凶を尋ねるのを答えた所、いささかも違える事が無かった。

こうして霊験がある事が長く続き、遠近にまで評判が届いて、黒田藩主・忠之公がこれを聞き伝え、近臣に試させると、奇特な事が多くて、ついに忠之公みずからここに参詣されて、質問を試みられると、その答えが、みな霊験があったので、大いに感じ入り、信心を起こして、岩戸の前の山が岩戸と同じ高さだったのを、社を立てる為に土を取って、低くならして、神殿を作らせた。

この辺りにしては、壮麗を極めた造りだったので、数年かかって、寛永9年完成して、京都から吉田兵部少輔中臣治忠を招請して、社号を與土姫大明神として、あがめ奉った。
大変具体的に書いてありました。
この始まりは、豪雨のために古墳の口が開いたのではないかと思いました。
新左衛門の妻に神懸かりがあって、霊験がいろいろあるようになりました。
ついには黒田のお殿様の耳に届き、自ら訪ねて来られて、神徳があったので、神殿を作らせたという事です。

御祭神について考えました。


岩窟の方は奥宮・岩戸神社といいますが、
御祭神は大綿津見の神と『福岡県神社誌』に書いてありました。
三柱の海の神さまたちです。

また、手前の與土姫大明神の方には神直日、大直日、八十枉津日が祀られています。
(かむなおひ、おおなおひ、やそまがつひ)
この三柱は禊(みそぎ)の神さまたちです。

これらの六柱は志賀海神社で書いたように、
イザナギの命が禊をしたときに生まれて来た神々です。

社号の與土姫はヨド姫ともトヨ姫とも言います。(志式神社では豊姫となっていました。)
ヨド姫は厳しい禊をして神意を尋ねる巫女で、海神の妻とも言われています。
一生を海神に捧げた姫神さまです。

楼門の扁額が表は「與土姫大明神」で、裏が「桜井神社」となっている件については、もともと、與土姫大明神だったのが明治二年に桜井神社に改称されているのが分かりました。

與土姫大明神について考えました。

この神社の名前がかつては與土姫大明神という事から、新左衛門の妻に懸かられた神が與土姫大明神ではないかと思いました。

現代でも、このように神が懸かられる話や神示が降りる話がありますが、
神霊の言葉はエネルギーの状態なので、取り次ぎの神がいて、人間に分かる言葉に翻訳します。

新左衛門の妻にも、取り次ぎの神として與土姫が懸かられて、神々の言葉を伝えたのではないでしょうか。

岩戸神社の御祭神が大綿津見の神です。
志式神社の神楽では、海神は豊姫の言う事なら聞き届けられていました。

ですから、この宮でも、参拝する時は、まずは禊の神様に清らかにしていただいて、
與土姫さまに取り次いで頂いて、岩戸の神さまにお願い事をすると、
よく聞き遂げられるのかな、と思いました。(あくまでも、ルナの想像です…。)

拝殿でお参りを済ませたら、その真後ろに行きましょう。奥宮・岩戸神社があります。
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石垣が見えます。渡り廊下の下に神殿があります。
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振り返ると、神殿の裏側が見えます。平成になって、当時の極彩色が再現されました。
これを見ると、かつての楼門や拝殿の華やかさがしのばれます。

この奥宮・岩戸宮で玉串参拝が出来るのは、元旦から三日間と7月2日と書かれています。

(つづく)



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by lunabura | 2010-07-30 22:09 | 桜井神社・糸島市 | Trackback | Comments(4)
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Commented by くみりん at 2010-07-29 10:38 x
毎日暑い日が続きますね…お元気ですか?

この楼門てゆうんですね…江戸時代からそのままの姿なんですか…
なんてゆうかきっとその当時は書かれてるように華やかだったでしょうね。
桜井神社に興味がわきました。
Commented by lunabura at 2010-07-29 13:02
何度かここに参拝したのですが、謂われがよく分からなかったのですが、今回、貝原益軒のおかげで、当時のようすが分かりました。
このあと、ここに祀られている伊勢神宮も紹介して行きますが、
とてもいいお宮です。
戦乱のあとの江戸時代の初めごろに、このような出来事があって、神社がそのまま残っているのが素晴らしいですね。
神社の始まりがそのまま伝わる意味でも、興味深いです。
是非参拝してみてください。お勧めします。
Commented by eviljoke at 2010-07-30 12:07
こんにちは。
ブログスキンの事でコメントを頂き、こちらにもお邪魔させて頂きました!
すごく詳しく書いてありますね~!
私は神社のことは全くわかりませんが、見るのは好きです!
無心になれるというか・・・
今度私も神社に行った時には写真を撮ってきます!
よかったらまた覗きに来て下さいね!
Commented by lunabura at 2010-07-30 13:21
訪問して下さってありがとうございます。
今でも、eviljokeさんの、蓮の花の写真目に焼き付いています。
特に葉っぱの魅力が印象的でした。
神社は、写真に残しても素晴らしいし、行くだけで心洗われますよね。
お好きな神社に行って、その神さまの名前をメモして、その神さまの人生を知ると、また心豊かになれます。
その為に古事記の神々を現代語訳しています。それも参考にしていただけたら嬉しいです。
また、遊びに行きます!  (^o^)/
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