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宗像大社(1)「道主貴」(みちぬしのむち)のおはします宮・全国六千社の総本宮

《宗像三女神の元宮を辿る旅》
宗像大社(1)
むなかたたいしゃ
福岡県宗像市田島2331
「道主貴」(みちぬしのむち)のおはします宮

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宗像大社は玄界灘近くにあります。
宗像市の東郷橋あたりの複雑な交差点を案内板を頼りに走ると、釣川に出ます。
その川に沿って海の方へ。
両脇は低い丘陵がつづく、美しい景色の中を走ります。
左にカーブすると巨大な鳥居があって、宗像大社だとすぐに分かります。
駐車場はとても広いです。
その正面に重厚な建物がありますが、これは祈願所ですョ。
交通安全などの祈願が出来ます。
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本殿へ向かう参道はこの祈願所の左側にあります。
では、参りましょう。
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小さな流れを渡ると、二の鳥居です。
ここから緑の木々の中に入って行きます。
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すぐに心字池があって、石の太鼓橋が待っています。
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広い池にはコイも泳いでいます。
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楼門に向かいます。
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楼門をくぐると拝殿に出ました。
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お参りして、顔を上げると奥の扁額には金色で文字が書かれています。
神勅(しんちょく)
「奉助天孫而 為天孫所祭」
と書いてあります。
天照大御神が言いました。
「そなたたち、三柱の女神たち。
道の中に降臨して、天孫を助けまつり、天孫にお祭を受けられよ」
(日本書紀)

拝殿前には床几が置いてあります。
こころゆくまで三女神の気を受けましょう。
古代より道の神様として信仰が篤い宗像大社。
その名は日本書紀にも記されています。
遠く大陸に渡った遣唐使なども航海安全の為に必ず参拝をしていました。
このように交通安全の最高の守護神として宗像さまは
今も人々から篤く崇敬されています。(リーフレットより)

『古事記』には神さまたちが次々に書かれているのですが、
一番初めに出てくる人間の名前は誰かなと思って探した事があります。
すると、出て来たのが、「阿曇(あずみ)の連(むらじ)」や
胸形(むなかた)の君」でした。
海人族です。
その人たちが神代からお祭りする神々です。
古代の一番の移動手段は船です。荒海を渡るのは命がけでした。
人々はこの宗像三女神の守護を祈りました。
行きつく港々に祀って行って、全国で6000という数になりました。
その総本宮がここ田島のお宮です。

三女神の名前は
田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神
たごりひめ、たぎつひめ、いちきしまひめ。
この三女神は「道主貴」(みちぬしのむち)という美しい言葉でも呼ばれます。
リーフレットには
』(むち)とは神に対する最も尊い呼び名で、
「最高の道の神」であるとも日本書紀には記されております。
特に、沖津宮がお祀りされている沖ノ島は、
九州と朝鮮半島とを結ぶ玄界灘のほぼ中央に位置し、
昭和29年以来三次にわたる沖ノ島学術調査団によって発見された
約12万点にのぼる貴重な神宝は、当時大和朝廷より
厳かな祭りが斎行されていた事実を物語っており、その内容や規模の大きさから、
沖ノ島は『海の正倉院』と言われ、
現在でも古代からの風習が守り続けられている
「神の島」であります。
と書いてあります。

今回紹介している、宗像神社は辺津宮と言って、陸地にあります。
あと二つは島にあります。
宗像大社と言えばこの三つの宮を総合して捉えます。
この辺津宮には市杵島姫が祀られています。

では、三女神が生まれたシーンを古事記から紹介します。

アマテラス大御神
「どうして、天に昇って来たのだ。」と尋ねました。
スサノオの命
「わたしめは悪い考えは持っていません。
ただ、イザナギの大御神が私に泣きわめいている訳をお尋ねになりました。
そこで、『わたしめは亡き母の国に行きたいと思って泣いているのです。』と答えました。

すると、大御神は
『そなたはこの国に住んではならない。』と言われて、私を追放されました。
だから、事情をお話しておこうと思って参上しました。他意はありません。」と申し上げました。
すると、アマテラス大御神は
「それなら、そなたの心が清く正しいのがどうして分かる。」と言いました。
そこでスサノオの命は答えて、
「それぞれウケイ(うらない)をして子を生みましょう。」と言いました。

そこで、天の安の河(天の川)を中に置いて、ウケイをする時に、アマテラス大御神が先に、
スサノオの命の佩(は)いた十拳剣(とつかつるぎ)を貰い受けて、
三段に折ってユラユラと揺らして、天の真名井の水で振りすすいで、
噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、
息吹きの霧に生まれた神の名は、タキリビメの命
またの名は奥津島(おきつしま)ヒメの命と言います。
次に、イチキシマヒメの命。またの名はサヨリビメの命と言います。
次にタギツヒメの命。三柱です。             (古事記)

この続きは日本書紀から。
 日の神(アマテラス)はスサノオの命に本当に悪い心がないのを知って、
日の神から生まれた三柱の女神を、筑紫の洲(くに)に天下りさせました。その時、
「そなたたち、三柱の神たち。道の中に降って、天孫を助け奉って、天孫の為に祭られよ。」
と言われました。               (日本書紀)

古事記についてはこの前後も訳しているので、
サイドバーの『古事記の神々』の宗像三女神を見てくださいね。
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境内には108の神社が祀られています。
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右の奥に行くと御神木の楢の木があります。
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楢の葉っぱです。
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こんな花が咲きますョ。


                                      (つづく)
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by lunabura | 2010-08-18 10:57 | 宗像大社・むなかた・宗像市 | Trackback | Comments(2)
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Commented by jumgon at 2010-09-04 11:19
このページとは関係ナイのですが、あることに気づきました。もともと神社には狛犬はなかったんだ!あれはずっと後世になってから置かれるようになったんだと。だって九州の古社にはそんなものないよね!
誉田八幡宮は後の時代に色々な信仰が追加されたみたいですね。
Commented by lunabura at 2010-09-04 14:17
狛犬の歴史は意外と新しいです。ただ、古社だからないという訳ではないです。私はあまり興味がなかったから撮らないのですが、結構あります。土地々々の氏子さんたちの意図や財力などの反映もあって、法則性はないようです。
が、眞鍋氏がそのルーツについて書いてあったので、見つかったら、書きます。
また、狛犬だけのサイトもありましたよ。それには詳しいかも。
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