ひもろぎ逍遥

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高宮神奈備祭・古式の祭りが復興された

宗像大社(3)
高宮神奈備祭

たかみやかんなび祭
古式の夜の祭りが復興された

 
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平成18年にこの高宮祭場で、800年前の祭りが再現されました。
それを新聞で知って、さっそく夕方から出かけました。
宗像大社の一番のお祭と言えば「みあれ祭」で、例年10月1日にあります。
その最終日の3日に、夜を待ってのお祭りです。
この日はこの神域の中に一般の人も入れました。

手元にその時配られた案内の紙があるので、見てみると、
「伊勢の神宮で斎行される多くの祭儀が夜の祭りであることから解かるように、
古来の祭儀は浄闇の中で執り行われたと考えられています。」と書いてあります。
古儀祭事の復興を図った時、このお祭りは古式にのっとって夜に決められました。

古文書には「この高宮で『餅5枚、神酒』が備えられて、
八女(やおとめ)神事が斎行された」と書いてあり、それも再現されました。
餅は「あおつみの餅」と言い、「事無柴(ことなきしば)」をお供えします。


当日の祭りの流れの記憶を辿ってみます。
高宮祭場の玉石の脇に座って、闇に包まれ始めると、
遠く下の第一宮あたりから、笛の音が聞こえ始めました。
ゆっくりと、ゆっくりと行列が近づいて来ます。
何もない浄闇。そして、近づいてくる祭りばやし。
体験したことのない、感動が湧いて来ます。
神官や氏子の人たちが座に着きました。
祝詞が奏上されると、氏子の人たちが歌い始めました。
神功皇后が筑紫を行幸された時に詠まれたという神歌だそうです。

「八女は 誰か八女そ 天に座す 天若御子の 神の八女」
(やおとめは たがやおとめそ あめにます あめわかみこの かみのやおとめ)
ドミミミミ ファララララファファ ファミミミミ ドドドドドミミ ドミミミミミミ

初めて聞く旋律です。ドミファラだけで作られた歌。
日本人のDNAに眠る音階です。こんな旋律が歌い継がれていたとは!
必死でそのメロディーを書きとめました。4節目が少し曖昧です。

それから、四人の巫女による「悠久の舞」が奉納されました。
太宰府天満宮の巫女たちだそうです。平安の時代の美しい衣装と
髪飾りが闇の中に浮かび上がり、格別でした。

祭りは大変シンプルで、優雅でした。
姫宮さまたちの祭りに相応しいもので、今だに忘れられません。

この歌の「天若御子」って誰なんだろう。
「八女は 誰か八女そ 天に座す 天若御子の 神の八女」
ずっと気になっていました。
「天若日子」なら、高天原から遣わされたので有名だけど。
すると、昨夜、何気なく開いた本に書いてありました。
「天稚御子」…中世のお伽草子に登場するそうです。
「天上から降り、姫と結ばれる神であり、七夕説話と結びついて、
年に一度しか会えない遠い存在」だとか。
そう言えば、中津宮には天の川があって、七夕伝説があります。
神功皇后とは全く時代が違うけど、もしかして、この方かな。
(神社に聞けばすぐ分かるんだろうけど…。)

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(パンフレットより転載)
10月1日のみあれ祭です。
地元の漁船団が姉妹の女神を迎えに行きます。
御座船に選ばれると、その一年の豊漁が約束されるそうです。

ワクワク
さっき、この「みあれ祭」をよく知ってる友達がやって来ました。
もしかしたら、お祭に行けるかも!
行けたら、また報告しますね。




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by lunabura | 2010-08-16 16:23 | 宗像大社・むなかた・宗像市 | Trackback | Comments(8)
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Commented by jumgon at 2010-10-19 19:41
これって、まさしく「みあれ神事」ですよね。田中八郎氏の本に「山に来て自分が気に入った岩なり木を神に見立てて祈念すると神が降りてきてくれる。これをみあれ神事という」と書いてありました。
最も原始的な信仰形態だと思います。
宗像大社の一番のお祭と言えば「みあれ祭」で、その最終日の3日に、夜を待ってのお祭り、この最終日の祭こそ「みあれ祭」だと感じました。
下鴨神社もあるようですが、一般に公開していません。
石上神宮でも名称は違うけど「高宮神奈備祭」
みたいな感じの神事が秋の夜行われるようです。一度参加したいけど、夜なので、わたしは参加できそうにありません。
Commented by lunabura at 2010-10-19 20:40
「みあれ」とははそんな神示を指したんですね。なるほど。
最終日の祭事は、もう、姉神さまたちは、帰られた後なのかな?そんな事も考えたりしました。山笠で有名な櫛田神社も、全てが終わってから、魂鎮めの舞が奉納されたりします。この「高宮神奈備祭」はどういう位置づけなのか、よく分からないので、機会があったら聞いてみたいです。
Commented by jumgon at 2010-10-19 22:38
田中八郎氏の言葉が正しいかどうか私には分かりませんが、納得のいく感じです。
勿論船で神様をお迎えに行くというのもふくめての「宗像のみあれ祭」だと思いますけど、、、。「
Commented by lunabura at 2010-10-20 16:53
そうですね。「みあれ」はその通りだと思います。私、なんだか狭く捉えていました。何か、気になる言い方をしたのなら、失礼しました。(ペコリ)
今年の高宮神奈備祭は雨のために室内でされたそうです。最近は新聞がお祭りや神楽などよく報道してくれるので、嬉しいです。たくさんの人々に支えられるお祭だし、気にかけないと、全く知らずに過ぎ去ってしまいます。祭りが盛んな所はやはりいろんな面で栄えて行くと思います。
Commented by jumgon at 2010-10-20 22:39
「気になる言い方をしたのなら」って、とんでもない。どこでもお祭りは変化ししていくものですもの。それに、変化したものも含めて歴史ですもの。
(お祭りを行うにはお金が必要だから、財力や支える人が いなくなると消滅してしまいますね。)だからシンプルでいいから原初の形だけでものこしてほしいなぁ~と思います。
これって、第三者の身勝手ですね。
Commented by lunabura at 2010-10-21 00:08
変化したものも含めて歴史ー全く同意見です。どの神社も戦乱の時代には打ち捨てられて、破れてしまったのを、氏子さんたちが営々として復興して来て、今の弥栄があります。祭りは時代とともに変遷して行くのが普遍であり、その原初の姿を探し求める私のようなものが現れる者も普遍なのでしょう。こんな話が出来る、ありがたい時代になりました。
Commented by 片田 at 2014-10-04 00:15 x
いきました。不思議な世界ですね。
Commented by lunabura at 2014-10-04 23:15
屋外の祭祀遺跡は格別の世界をみせてくれますね。
コメントありがとうございます^^
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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