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三環鈴ー天河神社の「五十鈴」が伽耶でも出土していた


三環鈴
天河神社の「五十鈴」が伽耶でも出土していた


『伽耶文化展』の第3弾。今日のテーマは「三環鈴」です。

c0222861_1351635.jpgこれが三環鈴です。リングに三つの鈴が付いています。韓国咸陽郡の上栢里(じょうはくり)から出土。(最大幅6.0㎝ 厚さ2.8㎝ 三国時代 5世紀 東亜大博物館)
馬具の飾りに分類されていました。
咸陽って中国だけかと思っていましたが、伽耶にも咸陽があるんですね。
(写真は実物より大きくなっています)







c0222861_13515314.jpgさて、これを見た時、「あれ、天河神社の五十鈴だ。」と思いました。三環鈴は天河神社では「五十鈴(いすず)」という名で御本尊となっています。これがその写真です。青銅製です。大きさは手のひら大。(下の写真を参考に)










天河神社とは
正式名称は「大峰本宮天河弁財天女社」ですが、普通は「天河神社」と言います。
紀伊半島の中央部・奈良県吉野郡天川村にあります。
修験道の重要拠点で、今でも護摩焚きなどがあっています。
この御祭神は市杵島姫。(宗像大社の女神ですね。)
それが密教を通して弁財天となりました。この二神はよく同一化されています。
この弁財天が芸能の仏さまという事で芸能人やミュージシャンがはるばると天河神社に訪れます。
その神社の御本尊の三環鈴は実際に音が出ます。
天河神社のHPには、天照大御神の天の岩戸隠れの時に、岩戸の前で振られたものとも書いてあります。

どうやったらよく音が出る?
三環鈴は考古学的には馬鈴として分類されていますが、少し疑問が残ります。
これはぶら下げるようには出来ていないのです。
普通の馬齢は紐通しが必ずついています。
私は天河神社の五十鈴のお守りを持っているのですが、
ぶら下げてジャンプしても肌に当たった時、音が消えてしまいます。
(馬のようには走れないから?ではないと思う)
つまんで振れば音が出ますが、それでは三つの形が活かせません。
音を上手く鳴らすには、棒に挿して両脇を固定する方がよさそうです。
なんとなく巫女さんの振る鈴っぽい形になります。


三環鈴の日本での出土例を探す
そこで、三環鈴をネットで調べてみました。ちょっと数えただけでも16例ありました。
どの三環鈴も馬具と共に出土しています。
馬鈴と解釈するのが一番多かったです。
しかし、ルナ的には今だに「はいそうですか」とは言えない気分が残ります。
(と、リングの中央をしげしげと見る)

サイズの変化が気になった。
ネットではサイズまでは書いてあるものが少なく、三つほど書いてあったので小さい順から並べます。
●中央のリング3,8㎝、鈴の直径2,7㎝(佐賀・花納丸古墳・6世紀)
●長さ13㎝、厚さ5,3㎝、鈴の直径5,5㎝(静岡・山ヶ谷古墳・6世紀)
●高さ6,3㎝。(ボストンにある伝仁徳稜)

伽耶では長さ6㎝厚さ2,8㎝だったのが、倍以上に大きくなっていきます。
まるで銅鐸のようですね。
イメージの助けに、CDの直径を測ると12㎝でした。
初期の三環鈴はその半径の大きさです。
面白い事にCDぐらいの大きさになると、手で持って振りやすくなります。
実際、天河神社ではそのレプリカを手に持って振られます。
c0222861_13592216.jpg


日本では神器へと昇華していった
三環鈴は古墳からの出土がほとんどですが、珍しい例として、
神社に奉納されたものがありました。
福岡県北九州市の岡田神社。神武天皇の神社です。
藤原の純友の乱を鎮圧した小野好古が奉納したと伝えられています。
三環鈴が神器のように、特別なものになったのが分かります。


この三角形という形が、三つ巴という神道思想に合致する形だったので、
倭人に特に好まれて、手のひらサイズに大きくなって、
神を呼ぶ時に鳴らされる祭祀の神器となっていったと思われます。
天河神社では鎮魂(魂を丹田に鎮める)に使われるそうです。

トータルの仮説として
青銅文化の中で出現した三環鈴は伽耶の王族たちに何らかの形で用いられて、
死んでからも馬具と共に埋納された。
渡来人と共に倭にやって来た時は6㎝ぐらいのサイズだったのが、
あっという間に12㎝のサイズに巨大化されて、手で振る神器となり、
祭祀に使われたり、神社に奉納されたりするようになった。
と考えました。

ルーツを考えると、伽耶では既に完成形になっているので、
原型はもっと北の方で見つかるのではないかと思いました。
また、三種の神器の玉・鏡・剣の三点セットのようには注目されていないので
見落とす事が多いのでしょうが、
ワカタケルの刻印がある有名な鉄剣が熊本と埼玉にありますが、
これには両方とも三環鈴が一緒に出土しています。
三環鈴は王位の象徴のアイテムとしても検討してもいいのではないかと思いました。

参考文献
『天河』 監修 柿坂神酒之祐 扶桑社
『伽耶文化展』 編集―東京国立博物館 発行―朝日新聞社 1992年
写真はこの二冊から転載しました。

ちなみに、不思議な天河神社参拝記は別項でいつか書こうかなと思っています。



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by lunabura | 2010-08-30 14:11 | 三環鈴・天河神社・奈良県 | Trackback | Comments(8)
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Commented by jumgon at 2010-08-30 16:11
えっ、天川神社に参拝したことがあるんですか?オドロキです。
三環鈴の実物を見たいので、近々馬見公園の資料館へ行きますね!
わたしは三環鈴の写真を見ると、巫女さんの舞の鈴を連想します。
Commented by lunabura at 2010-08-30 18:59
そうですね。少なくとも三回行きました。博多駅からフラフラっと新幹線に乗って、夕方には着いていたり。その時は宮司さんから沢山お話を伺いました。いろんな事があったので、話が長くなるので、改めて書きます。
今、いろんな写真が溜まってしまっているので、忘れないうちにと、頑張って投稿しています。今週までが、時間的にゆとりがあるので、あと少し、集中します。
馬見丘陵の三環鈴のサイズ、よろしくお願いします。
Commented by jumgon at 2011-01-06 20:36
あれっ、いつの間にか更新してませんか?
ずっと気になっているのですが、マイドライバーが動くのを渋ります。
Commented by lunabura at 2011-01-06 21:31
履歴を見ると私が20:28分にコメントを入れてますね。それと重なったのでしょうか。
時々、コメントをほぼ同時に複数いただいたり、こちらが入れたりする事があります。そんな時、動きがおかしいかもしれませんね。
Commented by mandalaxsuper at 2012-03-18 12:34
五十鈴が気になって検索してこちらにたどり着きました。
読み応えのあるブログですね。
お気に入りブログに追加させて下さい。
よろしくお願いいたします。
Commented by lunabura at 2012-03-18 13:25
はじめまして。
神社と古代史を中心にぶらぶらしています。
同じエキサイトなんですね。
早速お邪魔して、ワンちゃんに癒されちゃいました。
こちらもお気に入りに追加させて下さいね。
ちなみに私は玄米と野菜中心の食です。 (^-^)
Commented by えり at 2015-06-17 10:56 x
はじめまして。インターネットの検索でここのページへ辿り着きました。

わたしは、結婚して福岡から韓国へ嫁いだのですが
彼の実家が「長水」というところにあり
標高のある山々にかこまれてとても自然豊な場所なのですが
ここの住んでいる地名が「天川」なのです。
わたしも、奈良の天河にいったことがあったので
すごく馴染みを感じてしまったのですが、
この天川の三環鈴が、長水のとなりの郡で出土されたとのことで、やはり当時この付近の地域では天川信仰があったのだと思いました。
Commented by lunabura at 2015-06-17 21:55
えりさん、はじめまして。ようこそ。
韓国にも天川があるんですか。驚きました。
しかも、三環鈴が出土しているんですね。
また、いろいろと教えてくださいませ^^
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