ひもろぎ逍遥

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恵蘇八幡宮(4)こんな所に漏刻(水時計)があったよ


恵蘇八幡宮(4)
こんな所に漏刻(水時計)があったよ

恵蘇八幡宮の山は木の丸殿公園になって、散策できるようになっています。
お宮から頂上に行く途中、大きな水時計が目に飛び込んで来ました。

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説明板があるので読んでみましょう。
天智10年(671年)6月10日、天智天皇は漏刻(ろうこくー水時計)をつくって人々に時を知らせられたと伝わっています。実物は分かっていませんが、中国で用いられていた漏刻の形式を模倣したものと考えられます。
この漏刻は、4個の桶を段違いにならべたもので、第一番目を夜天地、第2を日天地、第3を平壺、第4を万水壺といい、万水壺の中にはが立てられています。
第1のつぼに水を注ぐと、水は管を通って順番に一番下のつぼである万水壺へと流れ込み、万水壺に水が溜まるにつれて、矢が浮き上がるようになり、矢に記された目盛りを読み取る事で時刻を知る仕組みとなっています。
現在、恵蘇八幡宮では6月10日(時の記念日)を記念して。毎年同日に式典が催されます。
矢が浮き上がって来るんだ。石油ストーブの灯油缶を思い浮かべました。
あんな風に浮きが上がって来るのかな。
それにしても、教科書に書かれている有名な漏刻(ろうこく)がなんでこんな所に?
書紀には天智天皇がまだ皇太子の頃に漏刻を作ったと書いてありました。
筑紫の国は中国や百済に近いので、珍しい文物があって、
大いに好奇心が動かされたのでしょう。他に磁針も作ったと言われています。

眞鍋大覚氏によると、中大兄皇子は漏刻を作って、
この神社の麓の筑後川が玄界灘と針摺(はりずり)の瀬戸でつながっている時代に、
都府楼(とふろう)に置いて、舟人たちに時を知らせる鐘を打たせた
と伝わっているそうです。
この実績が飛鳥の方でもお披露目になったのでしょう。
それにしても、6月10日の時の記念日がこんな昔の由来を持っていたとは知りませんでした。
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さて、ここで詠まれた歌。

朝倉や木の丸殿に我が居れば 名のりをしつつ行くは誰が子ぞ (新古今集)

上の句はこの朝倉の木の丸殿でモガリをするようすを歌っていました。
下の句の「名乗り」とは、この神社のすぐ下が山田の関と言って、関所があったそうです。
ここを通るには名乗りをしないと通れなかったとか。
名乗れない人たちは、あたりに沢山あった楠の巨木に夜になるまで、隠れていたと言います。
その名乗りの声が木の丸殿まで聞こえて来たのですね。
母を失ったばかりだったので、下の方から一日中聞こえてくる名乗りを聞いて、
この人も母や父がいるのだ、母親は元気なんだろうか、などと思ったようすが偲ばれます。
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江戸時代に描かれた縁起です。かやぶきの屋根に丸木の柱が描かれています。
服装は平安時代のようにも思われますが、江戸時代の人は
こんな風に捉えていたんだなと、イメージ造りの参考になりました。
この丸木の家は、現在の神社のある場所に建てられたそうです。

秋の田の刈穂の庵のとまをあらみ 我が衣手は露にぬれつつ (小倉百人一首)

これも天智天皇の歌だったんですね。
「秋の田」という地名が神社の近くにあって、その光景を読んだと地元の人びとは言い伝えているそうです。
そうすると、「衣を濡らす露」は、「亡き母を思って流す涙」だという事になります。
背景を知ると、歌の心がぐぐっと迫って来ます。
この後、天智天皇は大宰府に観世音寺を建立して母の菩提を弔ったとか。
お寺の跡に行った事はあっても、その心を全く知りませんでした。

『ひもろぎ逍遥』は「ルナの知らなかったぁ」とタイトルを変えた方が良さそう…。

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筑後川。この右に見える丘の向こうに
恵蘇八幡神社と山田の関があります。





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by lunabura | 2010-09-20 11:13 | 神社(エ) | Trackback | Comments(4)
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Commented by jumgon at 2010-09-30 21:15
天智天皇の歌2首、とても素敵な解釈ですね。
「朝倉や木の丸殿に我が居れば 名のりをしつつ行くは誰が子ぞ」
山田の関のことを知らないと、「なんで名乗るの?」って感じでした。
「漏刻」についてはさすがに詳しい説明ですね。
明日香にも復元遺跡はあるけど、いまいちピンとこなかった。
「現在、恵蘇八幡宮では6月10日(時の記念日)を記念して。毎年同日に式典が催されます。」とのこと。
そちらの方が、歴史を大切に残そうという気持ちがあるようにおもえます。   詳しい記事ありがとうございます!!
Commented by lunabura at 2010-09-30 21:30
漏刻は明日香の方がずっと有名ですよね。でも、こんな見本が置いてあると、印象に残るし、「言葉」の意味が深まります。
木漏れ日の中でとてもいい感じでした。
ちなみに、恵蘇八幡宮のお祭りは10月25日。大名行列があるそうです。
Commented by tatsu at 2015-05-30 22:31 x
るなさん、こんばんは。
今日、初めて恵蘇八幡宮へ行きました。なかなかの佇まい。漏刻の模型も見ましたが、違和感ありませんでした。天智天皇を祭るここは、奈良の明日香より早く時報を鳴り響かせたところではなかったかと思いました。
この神社の真西25kmには朝日山があります。太陽に関係した名の山は他の地域にもありますが、こういう名称の山と組になった天体観測体制があったかもと想像します。
この北側の山は「麻底良山」=天照山?、山の西側は「奈良ヶ谷」、何もなさそでありそな雰囲気です。
Commented by lunabura at 2015-05-31 22:13
朝倉は古い名前が残っていて、魅力的ですね。麻氐良と阿氐良(あてら)については、何処かに書いてます^^
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