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住吉神社(3)住吉三神はオリオンの三ツ星


住吉神社(3)

住吉三神はオリオンの三ツ星

今日は住吉三神についてのお話です。
まずは、その三柱の神の名前。
底筒男命(そこつつのおのみこと)
中筒男命(なかつつのおのみこと)
表筒男命(うわつつのおのみこと)

」とは「」の事です。
ですから、この三柱は「上中下の三つの星」という意味になります。
この三神が生れ出るシーンを読んでみましょう。(古事記)
 
イザナギの命は橘の小戸の阿波岐が原でミソギながら、多くの神々を生んだあと、「上の瀬は流れが速い。下の瀬は流れが弱い。」と言って、初めて中の瀬に潜ってすすぎました。その時に生まれた神の名は、
   八十禍津日(やそまがつひ)の神。
   次に大禍津日(おおまがつひ)の神。
この二神は、そのけがらわしい国に行った時の穢れによって生まれた神です。つぎにその禍(まが)を直そうとして、生まれた神の名は
   神直毘(かむなおび)の神。
   大直毘(おおなおび)の神。
   次にイヅノメの神。
次に水の底にすすぐ時に生まれた神の名は、
   底津綿津見(そこつわたつみ)の神。
   次に底筒の男の命
中にすすぐ時に生まれた神の名は、
   中津綿津見の神。
   次に中筒の男の命
次に水の上にすすぐ時に生まれた神の名は、
   上(うは)津綿津見の神。
   次に上筒の男の命

イザナギの命が一人で多くの神々を生むシーンです。
イザナギの命は死んだ妻を追って黄泉の国に行き、戻って来たあと、
このように海に入ってみそぎをしました。
三つの星の神はこの時に生まれています。

面白い事に、綿津見の神と交互に生まれて来ています。綿津見の神海の神です。
ですから、底・中・上の星の神は海から次々に生まれて来た事が読み取れます。

多くの本にはこの三神が何か分からないと書いてありますが、
これは「オリオンの三つ星」を指しています。

オリオンの三ツ星
岩波書店の古事記の注に
「筒」とは「星」で底中上の三筒男は、オリオン座の中央にあるカラスキ星で
航海の目標としたところから、航海をつかさどる神とも考えられる。

と書いてあります。カラスキとはオリオンの三ツ星の和名です。
私もこの説に賛成です。

オリオン座は真冬の寒さが一番厳しい時に、
南の空に悠然とその巨大な姿を見せてくれます
c0222861_14472243.jpg

これがオリオン座です。中央の三つ星が「上中下の星の神」です。
このイラストでは横並びに近いから上中下には見えませんが、
昇ってくる時には、縦になって一つずつ出て来るんですよ。
c0222861_14475839.jpg

その状態をイラストにしてみました。紺色の所は海だと想像して下さい。

冬の夜空を見ると午後7時には三つがになって昇って来ます。
だんだん横向きになって、午前5時明け方には、逆さまになって沈んで行きます。
時計と同じ方向に廻っています!
だから三ツ星の傾きの角度を覚えると時計の代わりになります。
それに方角も分かるので羅針盤にもなります。
夏には反対側に見えると漁師さんが教えてくれました。(志賀海神社(1))

ある日、ラジオドラマでちょうどこの三ツ星を捜すシーンが流れて来ました。
昔物語です。嵐の夜の海の航海のシーンでした。
「ああ。こんな夜に住吉様が見えたらなあ。雲がちょっと切れたらいいのになあ。
そうすれば、今どこにいるのか分かるのに。」
このドラマを聞いて、やはり昔は三ツ星を住吉様と呼んでいたのを知りました。
それをいつのまにか日本人は忘れてるんですね。
だから、いろんな本にいろんな解釈が書かれるようになりました。

住吉大社と三ツ星
この三ツ星の姿を大地に写し取ったのが、大阪の住吉大社です。
初めて参拝した時は神殿が四つもあって大変驚きました。

まさか、三ツ星の姿がそのまま、縦に並んでいるなんて。

c0222861_145023.gif

これが配置図です。
オリオンの三ツ星をかたどったものだというのがよくわかります。
底筒男命が上にあるので、オリオン座が昇って来る時の姿を表しています。

神功皇后と三ツ星

次に、神功皇后との関係を見てみましょう。
大阪の住吉大社では住吉三神の横に神功皇后が祀られています。
福岡の住吉神社でも、相殿に神功皇后と天照大御神が祀られています。

住吉三神と神功皇后はセットで祀られています。この理由も古事記を読むと明らかです。夫の仲哀天皇が神の教えを拒んだために突然亡くなった後の話です。
神の怒りを解くために、神へのお供え物を捧げ、国中の人々の犯した罪や穢れを払う大祓(おおはらえ)をしました。(略)この大祓を済ませると、再び建内の宿禰の大臣がサニワとなって、ご神託を求めました。
今度も、神が教え諭す様子は、全く先日の通りで、
「そもそも、この国は、皇后のお腹の中に宿る御子が治める国である。」
と諭されました。
そこで、建内の宿禰の大臣が言うには
「畏れ多いことです。我が大神さま、今お懸かかりになっているお方のお腹に宿る御子は男御子か女御子か、どちらでしょうか。」
「男御子ぞ。」
とお答えになりました。さらに詳しく尋ねました。
「今、このように教えられる大神のお名前を知りたいのですが。」
と求めると、すぐにお答えになりました。
「これは天照大神の御心ぞ。また、底筒男、中筒男、上筒男三柱の住吉大神ぞ。今まことにその国を求めようと思うならば、天の神や国の神、また、山の神、川や海の神に、ことごとく御幣を奉り、住吉大神の御魂(みたま)を船の上に祀り、マキの木の灰をヒョウタンの器に入れ、また、箸と柏の葉で作った皿をたくさん作って、それを皆大海に散らして浮かべて、渡るがよい。」
と言われました。
 そこで、詳しく教えられた通りにして、軍勢を整えて、船を並べて、西の方の国に渡られると、海原の魚、大小を問わず、ことごとく御船を乗せて進みました。その上、追い風も吹いて、御船は波が寄せるのに任せて行きました。その御船を乗せた波は新羅の国に押し上がって、完全に国土の半分まで達しました。

神功皇后が神懸かりをした時に降りた神々は天照大御神住吉三神でした。
この神の教えの通りにしたら、戦う事もなく新羅の国を帰順させる事が出来ました。
新羅王が降参したので、その王城の門にこの住吉三神の荒御魂を鎮めて来たように書かれています。
これは古事記の中の話なので、日本書紀ではまた少し違っています。

こうして住吉三神はオリオンの三ツ星という航海の守り神となり、
そして、戦争の勝利に導いた神となり、禊の中で生まれた事から禊の神となりました。

この話の背景を考えると、オリオンの三ツ星をシンボルとする海人族の協力で
戦ったのが見えて来ます。それが住吉族という海人族だと思います。

住吉三神(住之江の神)(現代語訳をしました。『古事記の神々』)
http://himeluna.exblog.jp/15348565/

◆ブログ内で古代人のオリオン座を見て歩く
オリオン座は氏族によっていろんな象徴となっています。

志賀海神社(1)龍の都と呼ばれた海神の宮―住吉三神はオリオンの三つ星
志賀海神社(2)沖津宮と小戸 住吉三神が生まれた聖地
日若神社 (5)イスケヨリ姫との結婚の背景
          姫の名前には古代鉄の暗号が。

住吉三神を祭る主な神社 (マイペディアより)
福岡市博多区住吉(筑前国一の宮) 三神の和魂をまつる。例祭10月13日
下関市一宮 (長門国一の宮)   三神の荒魂をまつる。例祭12月15日
大阪市住吉区住吉(摂津一の宮)  三神と神功皇后をまつる。例祭6月30日
壱岐市              三神の和魂をまつる。例祭11月9日。



さてさて、福岡に住吉神社があると知らなかったルナは大阪まで行って来ました。
何年も前の話です…。
そして、福岡にはさらに元宮があると知りました。これについては、またいつかレポートしますね。



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by lunabura | 2010-11-01 15:02 | 住吉神社・福岡市 | Trackback | Comments(22)
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Commented by jumgon at 2010-11-07 16:33
「住吉三神の荒御魂」というのが気になります。
新羅と下関市一宮ですね。どちらも降参しても油断のならないところには荒御魂をおいとくのかな?と感じています。全くのわたしの個人的な感じなので間違ってるかもしれないけど、、、、。また出会うたびに考えます。
Commented by lunabura at 2010-11-07 17:11
新羅の場合はそれっぽいけど、下関は仲哀天皇の遷宮地なので、また別の可能性がありますね。昔の人は一霊四魂がよく分かってて、分離して祀る事が出来たんでしょうが、現代人にはさっぱり不明です。
Commented by かのん at 2010-11-07 20:33 x
いつもブログ楽しく拝見させていただいてます。
住吉神社の元宮近くで、畑を営んでます。古代九州王朝、古代の神々について、色々知りたいと思っています。
Commented by lunabura at 2010-11-07 20:56
かのんさん、初めまして!コメントありがとうございます。地元の方に読んでいただけるなんてとても嬉しいです。
畑をされているんですか?いいですね!この冬にはそちらのレポートが出来たらと思っています。これからもよろしくお願いします(^-^)
Commented at 2012-10-20 16:33 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2012-10-20 22:42
非公開さん、はじめまして。ようこそ。
住吉三神とオリオン座の関係は何かを読んだという訳ではないのですが、この考えで間違いないのではと思っています。
他にも多くの星々の伝承が忘れ去られる中で、福岡の那珂川町に奇跡的に伝承を伝える真鍋家があって、今それらを掘り起こしている最中です。
他の星と神々にも関心があったら、サイドバーの<星と和名>も御覧ください。

リンクは遠慮なくどうぞ。
多くの方に検証していただければと思っています。
Commented at 2012-10-21 09:59 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2012-10-21 23:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2012-10-21 23:50
非公開さん、どうぞ、ゆっくりと遊んで行って下さいね。
こちらからもよろしくお願いします (^-^)
Commented at 2013-05-14 08:50 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2013-05-14 21:39
非公開さん、はじめまして。
なんだか不思議で美しい話ですね。
ありがとうございます。
Commented by 住んで良し at 2013-12-05 20:28 x
古事記では根之堅洲国というところでスサノオの活躍地ですね。正確には十神島根之堅洲国となりますが長いので古事記では省略されています。
この省略された、十神島というのは出雲国風土記では砥神島という陸繋島であったであろう現在の安来市の十神山です。この島は安来市のシンボルと見いわれ、きれいな円錐形をした小山ですが、古代の人たちの崇敬の島だったらしいです。この十神というのはイザナギ・イザナミを含むそれ以前の時代を、
神世といってその後の神代の時代と分けて表現されますが、神世七代には十の神がおりそれからつけられた神聖な島だったのだと思われます。ここがオノゴロ(淤能碁呂)島と考えると、近くにイザナミの神陵地もあることから合理的なのではと思われます。
Commented by lunabura at 2013-12-06 00:11
住んで良しさん、こんばんは。
安来のお話、少しずつ聞かせてくださいね。
Commented by ハコガメ at 2013-12-08 12:51 x
こんにちは、その古墳は早良区の金武古墳群ではないかと思います。
僕も2ヶ月程前、糸島から福岡方面で日向峠を通ってたら峠を抜け左側の山(斜面)に発掘調査しているところを見ました。
周辺には古墳が沢山あるようです。
飯盛神社が山を下りて近くにあります。
おそらく宅地造成地で調査しているのではないかと思います。
Commented by lunabura at 2013-12-08 23:45
ハコガメさん、ありがとうございます!
おかげで、PDFが見つかって、状況が分かりました。
感謝です!
Commented by ハコガメ at 2013-12-09 09:15 x
お役に立てて頂いて良かったです。先のコメント後、調べたら金武古墳群の所在地は西区ではないかと思いました。はっきりしましたら訂正お願いします。
またお役に立てられる事があれば嬉しいです!
Commented by lunabura at 2013-12-10 00:40
そうですか。
とりあえず、両方書いておきました。
時間が出来たら教えてくださいね。
情報、助かりましたよ!
Commented by チェリー at 2015-11-10 00:57 x
lunaさん、こんばんは。
またしても引用というか、参考にさせていただきました。
「地図でつなぐ聖地の旅 筑後国一宮「高良大社」その31 松阪の櫛田神社(12)」です。
お暇な時に(そんな時があるのでしょうか?)、チラッと見てくださいね。住吉大社の位置についてです。
Commented by lunabura at 2015-11-10 22:37
チェリーさん、こんばんは。
120度のライン、\(◎o◎)/
ほんと、超豪華ラインです。
奈良に住んでいるなら、調べたいところです。
(でも、手は広げないぞ~)
Commented by 保井温(やすいゆたか) at 2016-04-09 09:08 x
住吉三神をオリオン三連星に見立てるなら、それを対馬海峡に当てはめますと、上2つは朝鮮半島南端部、下2つは筑紫北岸部にあたり、三連星は壱岐・対馬に照応すると考えられます。つまり海と天は「あめ・あま」として同一視されていたので、島は星に対応しているのです。ということは住吉三神は壱岐・対馬の頭領が現人神であったと想像できます。だから四世紀後半は海原倭国は壱岐・対馬の頭領が合議制で統率していて、強力な海軍力を備えていたわけです。彼らが新羅侵攻を主導し、倭国西朝にも参戦を要請した。この意向に応じなかったために仲哀天皇は死んでしまったということですね。しかもその日の内に壱岐の頭領である上筒之男命と息長帯媛は密事つまりセックスをしています。これは応神天皇の父親はだれかにもつながる世紀の大スキャンダルですが、参戦の誓約のつもりだったのかもしれません。なおそのことに無頓着なのか、現在の本宮配置は上筒之男命と下筒之男命が逆になっています。これは大問題です。
Commented by ricky at 2016-05-12 21:03 x
始めまして。リッキーと言います。

住吉3神。オリオンの三ツ星。そして航行の神様。
古事記の「禊」の場面に出てきますが、同時に「時量の神」も出てきます。緯度は北極星を観測すれば分かります。緯度と経度が分かった・・ということは、「地球が丸い」って知ってたのかも知れません。それは、大海原を航行する古代の日本人の姿を暗示しています。

実際、同緯度は34度線・・天の香久山や伊勢神宮、沖ノ島、厳島神社、小豆島、吉備の児嶋が並びます。(長安の都も実は並びます)東西に長く分布していると、通常の測量・・方位と距離では計測ができません。地球は丸いので、真っ直ぐに直進しても、南にズレてしますのです。地球規模で緯度を正確に測るには、「北極星」を使います。

北極星とオリオンの三ツ星を使った大航海の時代・・

星空に導かれながら島々を渡り歩いた日本の祖先。
そんな姿が浮かぶのです。
Commented by lunabura at 2016-05-12 22:30
リッキーさん、はじめまして。
古代の測量は現代人の思う以上に進んでいたようですね。
詳しいお話し、ありがとうございます。
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