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竹原古墳(2)日本の古墳に火を噴くドラゴンが何故描かれている?


竹原古墳(2)
日本の古墳に火を噴くドラゴンが何故描かれている?

あのドラゴンの背中のカーブ。どこかで見たことがある…。
夜になって、パズルがカチカチとはまり始めました。
まずは、その壁画のドラゴンをもう一度観察しましょう。
この竜は明らかに西洋風です。中国よりずっと西の方のデザインです。
c0222861_1342117.jpg口からは火を噴いて、前足には赤い爪が描かれ、足全体には赤い毛まで描かれています。よく見るとこの黒い竜の身体には赤い斑点が描かれています。すぐ下の黒い馬と比較すると、赤い点がわざわざ描かれているのがよく分かります。先に赤色を塗って、あとから黒で輪郭を取ったように、少し雑です。でも、眼だけはまん丸です。シッポの中にも赤い点が描かれています。壁画を描いた人にはこのドラゴンにはこの赤い点の表現が必要なのです。
首から背中そして尻尾にかけて赤い点をつないだカーブ。このラインを私は知ってる。何だったっけ。記憶をたどる。…そうだ、星座だ。龍座だ。龍座を見てみました。
c0222861_12583661.jpg

ピンクの星と白い線でつなぎました。それに壁画に必要な星を加えました。
普通は炎の所の四角い部分が竜の頭で、くねった龍として描かれます。
その思い込みをはずして、ラインに壁画の龍を描きました。
マウスで一筆書きです。上手くなりましたね~。
(というか、かなり違うのですが、御容赦を…。)
ドラゴンが吐いた火はちょうど龍座の頭の部分になります。
(壁画の方の炎は短いですね。この四角の星たちは龍座に入らないかも。)
ドラゴンの両足がつっぱっています。
明るい星を探すと、やはりこのように平行な線が引けました。
壁画を描いた人には、龍座はこのように西洋的な火を噴くドラゴンに
見えているのが分かります。
まあ、そうは見えない人もいるでしょう。それはそれとして…。

龍座ってどんな神話があるのだろう。
龍座の由来を星の神話で探すと火竜だというのが分かりました。
まさしく、壁画と同じです。
金のリンゴを守る竜
ギリシア神話では、この竜は、世界の西のはてにある、ヘスペリデースの園に生えている金のリンゴを守っていたといわれます。これは女神へ―ラが大神の后となった時に、女神たちから贈られたリンゴで、金の実が金色の大木になっており、それをヘスペリデースという三人の姉妹と火竜とが番をしていました。
後に、この火竜はヘルクレスに殺されて、星座になりました。
(野尻抱影『星の神話・伝説』)

これを読んで、あっと思ったのは「金のリンゴ」を守ったという事。
このリンゴが変化して、ミカンになったのが、次の話です。
龍座はギリシャ神話では、黄金の柑橘(かんきつ)の番をしていたと伝えられます。
冬至の夜に坩堝(るつぼ)に炭火を炊いて金を熔かす工人が柚子湯(ゆずゆ)を立てる伝統も、或いは遠い龍沙の彼方(かなた)の西域につながったしきたりかもしれません。『儺の国の星』
冬至と言えば、一番夜が長くて寒い日です。この日を境目に春がやって来ます。
金を細工する工人には、冬至に坩堝に金を入れて溶かすしきたりがあったのですね。
その時に、柚子湯を立てたとまで言い伝えが残っていました。
この裏に込められたシンボルは、「工人と金」と「火竜と金」です。
金の工人が火竜をシ守護神としていたのが見えて来ました。
金の細工技術なんぞは秘中の秘です。
だから、これまで日本の歴史の表に出て来ず、この話を聞いても
私たちは驚くばかりで、受け入れるのには時間と知識が必要になります。
眞鍋家は物部氏だから、その話を伝えていたんだ…。

このギリシャ神話の火竜を学んでから壁画に戻ると、
この武人は金に関わる人とも考えられます。
この竹原古墳のありかは物部氏の里です。彼らは鉄も、金も、暦も、武も馬も。
クニを作る為のあらゆる文化を備えていました。

つながる神話
ギリシャ神話と日本神話に一部共通点があるのは
イザナギが死んだイザナミを訪問する話などでも知られていますが、
偶然の可能性も否定できないんじゃないかと半分思っていました。
まさか、ギリシャ神話の火を噴く竜が日本で描かれていたとは。
けっこう衝撃が深いです…。

この壁画にはまだまだ解きたいシンボルがあるのですが、これくらいに、しときましょ。



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by lunabura | 2010-12-15 13:34 | <古墳>手光は宮地嶽へ | Trackback | Comments(5)
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Commented by jumgon at 2010-12-20 20:38
6世紀の後半と言えば、562年、伽耶が滅亡していたのですか、、、。藤の木古墳も同じ時期の古墳です。
装飾品(勾玉、ガラス丸玉、金環)、
副葬品もほぼ同じものですね。馬具(轡(くつわ)・杏葉・辻金具)武器(刀の鞘・鉄鏃)など、、、。
火竜のイラスト、自家製だなんてスゴイ!!
確かに星をつないだように見えますね。
ギリシア神話がペルシアとか西城を経由してきたのかしら?
Commented by lunabura at 2010-12-20 21:16
あの藤の木古墳と同時代なんですか?そちらはあれほどの豪華な副葬品だから、やはりかなりの階級の人ですよね。こちらは、どこに保存されているのかも、分からないのですが、石室内がすごい湿気なので、鉄はほとんど断片じゃないかと、思うようになりました。勾玉だけが、石と色が分かるのかも。
Commented by lunabura at 2010-12-20 21:22
力不足で書けないのですが、火竜の眼に相当する星を守護とする鉄の民の事が、眞鍋氏の本には書いてあります。また、羽根飾りの種類によっても、氏族が見分けられます。地名の事も、書いてあります。
鉄の民は神話を携えて、倭にやって来て、まだその風習がそのままに描かれたと思いました。船の形も、靴のとんがった形も、じゅんじゅんさんの記事の大和の古墳の線画とそっくりですね。
Commented by jumgon at 2010-12-21 14:15
キトラ古墳の4神、星宿図を調べていたら出会ったHPです。
(ご存知かな?)
絶対るなさんが参考になる話がのってます。http://astro.ysc.go.jp/izumo/kitora.html
このHPで、中国や高句麗の星宿図をみて、竹原古墳と関係がありそうな気がします。もしかしたら、この竜は「青龍」を表わしていないか、と思いついたり、、、
Commented by lunabura at 2010-12-21 15:12
情報ありがとうございます!今見て来ました。
この竹原古墳の壁画も四神を描いているのではないかという説があるのですが、あいにく、白虎がないのです。この四神を描く人たちは、方位にすごくこだわっていて、東西南北の四面に描くようです。青竜と、朱雀と正面から見えるように描く事と、三神しか描かないのは、四神にこだわる彼ららしくないなと思ったんですよ。
(1)で、蕨手さんが書かれた、雌馬と竜を掛け合わせる中国の話が魅力的に思ったのですが、空に描いてあるので、星だと思いました。
個人的には玄武が大好きで、高句麗壁画展にすっ飛んで行ったことを思い出しました。何か見つかったら、また教えて下さいね。(^-^)
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