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仙道古墳(1)装飾古墳を守る、盾を持ったユニークな埴輪がいたよ sanpo


仙道古墳(1)
福岡県朝倉郡筑前町久光仙道
装飾古墳を守る、
盾を持ったユニークな埴輪がいたよ


さて、再び旧三輪町に戻って来ました。
前に紹介した大己貴神社から直線距離で約1.5キロ。
田んぼの向こうに丸い古墳が…。こりゃあ、行ってみなきゃ。
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すぐ後ろは神奈備山だ!大己貴神社の「神体山」とそっくりです。
山との位置関係なども同じような印象です。

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仙道古墳です。国の史跡なんですね。

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墳丘が二段になっていて、円筒埴輪がずらりと並んでいます。
こんな風に埴輪が復元された古墳を福岡で見るのは初めてです。
入口が整備されています。今日は案内板を道しるべに見て行きましょう。

国史跡 仙道古墳
所在地 福岡県朝倉郡筑前町久光字仙道111の2
指定年月日 昭和53年5月6日
この古墳は、6世紀(古墳時代後期)の赤色や緑色の彩色で、円文・同心円文・三角形文などの装飾が描かれている複室の横穴式石室です。

装飾古墳なんですね!
6世紀って、このまえ紹介した竹原古墳王塚古墳と同じ時代だよ!
それらとは、かなり離れていますが、壁画があるなら見比べたいですね!

墳丘は葺石(ふきいし)を持つ2段築成の円墳で、墳丘の周囲には二重の周溝を持ち、また、墳丘を囲むように埴輪が立てられ、入り口部分に盾持ちの武人埴輪などの形象埴輪が立てられていました。

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これがその楯を持った埴輪です。盾と一体化しています。
本物は甘木歴史資料館にあります。
サイズは現物より大きいと聞きました。

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レプリカとはいえ、現物の印象そっくりに再現されています。
そう、こんな顔だったんです。
帽子(冠)がギザギザなのが特徴的です。
この帽子を見る限りは、竹原古墳の武人とは別の文化のようです…。

昭和52年の調査当時は、墳丘が部分的に削り取られ、高さ4mを残すのみでした。

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これが発掘当時の写真です。確かに、墳丘の上の方が無くなってる。
手前には埴輪の破片が沢山見えています。

しかし、2重の周溝を持つ径45mの大型の円墳であり、石室は南西に開口する横穴式石室で、基底部の石材と片袖を残して全て抜き取られていましたが、石室の規模は、現存で全長7m、高さ2m、幅2.4から3mを測りました。床面には、奥壁と平行して石障石が立てられ扁平石・小円礫が敷かれていました。

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これが石室の状況です。高さが2mもあるなら、立って歩けます。
立派な奥壁が印象的です。中程にある石が袖石というんだ。
それにしても天井石などを抜き取るなんて、なんという盗掘者。
このあたりは造園業が盛んなので、まさか庭石に化けてる?

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公園の隅に「石室の石材」と書いてありました。
これは、持ち出す途中で廃棄したという意味でしょうか?
それにしても、この雰囲気の石は高良山でよく見かけるような印象です。

装飾文様は現存する石室全面にわたって施され、赤色・緑色で円文・同心円文・三角形文等が確認されました。
出土遺物は、石室からガラス小玉多数、管玉8点、ナツメ玉3点、青銅製釧(くしろ)1点
墳丘から須恵器少量と、墳丘及び周溝から円筒埴輪、朝顔型円筒埴輪、柵形円筒埴輪・馬・人物・家等の形象埴輪が出土し、石室背面の周溝から円筒埴輪が多量に出土しました。この出土により墳丘の周囲に埴輪が立てられていたことが分かりました。

それでも、残された石に装飾文様が残ってた!
なんと有り難い事でしょう。出土遺物は青銅のブレスレットが特徴かな。
ネットを検索すると、ここから出土したらしい青銅製の鈴が見られました。
家形埴輪は是非見たいものです。(歴史資料館に行ったけど記憶がない…)

調査の成果に基づき、墳丘の形状を築造当時の姿に復元し、埴輪も当時のように並べ、古墳の往時の姿がうかがえるようにしました。石室についてもあずまやに復元模型を設置して本来の姿が理解できるようにしています。
筑前町教育委員会 TEL0946-42-6621


この公園の端っこに原寸大のレプリカが作られていましたよ!
行ってみましょう。
(つづく)

地図 仙道古墳 大己貴神社 恵蘇神社


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by lunabura | 2011-01-03 12:26 | <古墳>手光は宮地嶽へ | Trackback | Comments(4)
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Commented by じゅんじゅん at 2011-01-03 21:24 x
「盾持ちの武人埴輪」の帽子たしかに変わってますね。見たことがないような気がする。こんな顔の人いますね。面白い。
大己貴神社から直線距離で約1.5キロですか。もしかしたら歩いて行ける?
装飾文様は今も残っていますか?
Commented by lunabura at 2011-01-03 22:58
埴輪の帽子のギザギザを見て、私はじゅんじゅんさんが紹介してくれた狼塚古墳を思い出してしまいました。あの囲み型埴輪も何故かギザギザだったでしょ。そして、中央に不思議な羽子板型の埴輪が出ていますが、壁画に、それを連想させるものが描いてあるんです。時代はそちらは5世紀前半だし、全く別の物のですが。驚いたという個人的な印象だけが共通なんですが。装飾文様の復元の建物がアズマヤの事です。次回、紹介しますね。大己貴神社歩いて20分でしょうか。地図、忘れてますね。出し直します。
Commented by 蕨手 at 2011-01-04 00:40 x
挨拶が遅れて申し訳ありません。あけましておめでとうございます。
仙道古墳の装飾文様は微かに残っており、年に一回、十月下旬の一斉公開の時に見学出来ますが、照明の暗さと相まって、初見で文様を確認するのは至難の業でしょう。
同じ筑前町では、砥上観音塚の方が、多彩な文様(舟、騎馬人物、人物、星)がハッキリ確認出来て、入室可能ですが、山奥にあるのが難点ですね、30分登山込み。でも一度は見ておくべき壁画でしょう。
Commented by lunabura at 2011-01-04 10:05
蕨手さん、あけましておめでとうございます。
仙道古墳の文様は奇蹟的にわずかに残っていた訳ですね。掲載した発掘状況の写真を見ると、致命的な環境のように思われました。次回掲載予定の復元模様も、学芸員の方たちの努力の賜物なんですね。
砥上観音塚の方は、蕨手さんのブログで拝見してきました。素晴らしい壁画ですね。星なんか7芒星でした。船が沢山で感動的。装飾古墳にはまりそうです。
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