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仙道古墳(2)壁画は〇と◎と△と▲でした

仙道古墳(2)

壁画は〇と◎と△と▲でした。

この仙道古墳の周囲は公園になっていて、奥の方にあずまやがありました。
あずまやと言っても、石室の実物大のレプリカが!
テラスのようになっていて、いつでも見られるようになっています。
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まずは長い羨道に興奮。かなり奥行きがあります。
7m。堂々たるものです。

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石室のようすです。
分かりやすいようにくっきりとペイントしてあります。
左手前の袖石に二重円があります。
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石室の中に入って、袖石の裏側を撮りました。
二重円が二つ。三角形は赤と白がくっついています。
長靴のような多角形があって斜めになっています。
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左から反時計回りに見て行きます。これは左の壁です。
緑の文様が出て来ました。バチの形です。
赤と白の三角形は離れて一列になりました。そして、丸が出て来ました。
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正面の奥壁です。
大きな二重円が頂上にあって、いろんな円が不規則に浮遊するかのようです。
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右側の壁です。二重丸が六つ整列しています。
長靴型多角形が再び出て来ましたが反転しています。
そして三角と丸がふわふわと。
う~っ。何だろ。何が描かれているのだろう。
(この浮遊感はまるでシャガールのよう。)
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これは現地の説明板です。全体のようすがよく分かります。
白い部分だけが現存している岩です。
足もとに残った石にも赤い三角形が描かれています。
その中の一番左の三角の中に緑が塗られています。
緑は合わせて二か所だけでした。

この謎を解くのはちと無理だから、文様についての説を紹介しましょう。

二重円文=「的氏」説
二重円文は「的」を表して、「的氏」(いくは・生葉・うきは・浮羽)を
指しているのではないかという説があります。
二重円文はいろんな古墳にも描かれています。
その中に線刻された「二重丸」の上下に「線」(棒)が描かれている例があり、
立てた「的」を示しているという説です。
この古墳は筑後川流域にあって、川の向こうは「ウキハ」郡です。
自分の所属や出身を紋章で表す可能性は高く、
残りの丸や三角も氏族を指す可能性がないか、思案中です。

「三角文」とユダヤ・ヒッタイト・アリアン人  
眞鍋氏が「三角形」について語っているのでそれを紹介します。

中東の古代の生命の再生復活、或いは発祥誕生を祈念する図形にダビデ(全1010~971)の紋章がある。不思議なことに陸奥閉伊(へい)には希伯来(ヘブライ)民族の墓石が今も現存している。

中東のヒッタイトの遺跡は正三角形の模様が壁画に執拗なまでに一面に大小限りなく書き散らされている。残された遺族の悲嘆と追慕の心を察するに余りなる壁画である。

ダビデの紋章はこの正三角形を二つ上下に重ねて正三角形の頂点を出したかたちであり、雪華の結晶の図柄でもある。

正三角形の由来を厳粛かつ端然と理解して敢えてはばかる事のない民族はアリアン人である。正三角形の上の水平な一辺は恥骨であり、下の頂点は尾骶骨の象徴であって、人間の股間即ち生殖器を示す。

三角形を逆向きに重ね合わせることは、蘇生を願う印象であった。
これをまとめると、


1.ダビデの星 ✡のように重ねわせた紋章には再生復活、発祥誕生の意味が込められている。
2.ヒッタイト は▲ ▼を一面に限りなく描く。
3.アリアン人にとって ▼の上辺は恥骨、下の頂点は尾骶骨 生殖器。
4.▲と▼を重ね合わせるのは、蘇生を願う。

1.ダビデの星は言うまでもなくユダヤの紋章ですが、日本でも籠神社や伊勢神宮に見られて騒がれた事が あります。今ではどちらも消されています。
2.ヒッタイトの壁画が一面に描かれるのは初めて聞きました。当然ながら、王塚古墳田代太田古墳(佐賀)を思い出させます。


この仙道古墳の三角形が何を表すのかまだ分からないのですが、
ただ、王塚古墳と見比べてみて、同じ使い方をしているのが一か所だけありました。
それは遺体の床の区切りの所(屍床)です。同じように三角文が並べられています。

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王塚古墳  
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仙道古墳
両者の屍床の三角形についてはルーツを遠く辿っていけば
同じ思想を共有していた時代があるかもしれないなと思いました。
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竹原古墳の三角文は縦になっていて、旗ではないかと思いました。
前の二つとは使い方が違います。
三角形はあまりにも普遍的な形なので、もっと用例を見る必要があります。

盾持ちの埴輪は甘木歴史資料館に展示してあります。
資料館には付近の考古学的遺跡を網羅した地図がありました。力作です。
これを手に入れてから、逍遥すると2倍、楽しめますよ。

ブログ内 装飾古墳巡り
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(1)感動の装飾壁画を知らなかったよ
(2)武人は妻と共に星の下に眠るー激動の6世紀を生き抜いた男

竹原古墳 福岡県宮若市竹原
(1)この優美な装飾壁画は通年公開!
(2)日本の古墳に火を噴くドラゴンが何故描かれている?

★大国主の命の現代語訳を始めました。また、長くなりそう…。




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by lunabura | 2011-01-02 15:37 | <古墳>手光は宮地嶽へ | Trackback | Comments(8)
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Commented by まぁ坊 at 2011-01-05 22:28 x
綾杉さん、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
仙道古墳、懐かしいです。今年の九州遠征は迷いに迷っています。
宮崎は未だに足を踏み入れていない場所なので、行ってみたいのですが、筑後川流域の古墳もあまり見て回れていないので、捨てがたいです。
Commented by lunabura at 2011-01-05 23:20
おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします。
私も、どちらを推薦したらいいだろうかと考えましたが、本当に迷いますね。
宮崎の有名古墳群は高台にあって、集中しているので、一挙に見れそうです。でも、東国原氏が言うように、車無しでは動けない所です。宮崎の神社もいいですよ~。
筑後川も右岸左岸で独特のムードがあって、ハマり始めました。神社史と組み合わせるとたまりません。
本当にどちらに行ったらいいか、困りますね。
Commented at 2011-01-06 15:41
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2011-01-06 16:24
非公開さん、コメントありがとうございます!
Commented by jumgon at 2011-01-06 17:13
石室の実物大のレプリカがあるなんて、保存に力を入れているのですね。
二重円文や三角形の意味は今の私には知識がなく、よく分かりません。でもブーツみたいなのは三角形を3つか4つ組み合わせたもののような気がします。
ともかくこんな模様は近畿では見たことがなかったように思います。
Commented by lunabura at 2011-01-06 20:28
国指定になると、保存のレベルが高いんですね。
この壁画には戦いのイメージとか、悲壮感がなくて、戦闘集団の主力がもう畿内に移ったあとなんだろうか、とか考えてしまいました。歴史を勉強しないとダメですね。
装飾古墳は想像以上に多様性があって、魅力的です。
ブログ「装飾古墳今昔紀行」には、教科書では見られない壁画がいっぱい載せてあって、驚きました。
Commented by i-jun at 2011-01-09 11:21 x
遅くなりましたがあけましておめでとうございます!
こちらこそ素敵な御縁に感謝しております。
今年も素晴らしい記事を楽しみにしています☆

シャガールのような浮遊感だなんて素敵です。

当時この模様と配置を生み出したなんて
とても神秘的ですね。
Commented by lunabura at 2011-01-09 15:40
i-junさんの写真の構図がいつも素敵で、いいなあと思っています。
この古墳の正面や右からは幸福感さえ感じてしまい、シャガールを思い出しました。また装飾古墳に出会って、紹介出来たらいいなと思います。
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