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アンドロメダ星雲の和名


アンドロメダ星雲の和名

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(写真は「PIZの宝石箱」から戴きました。)

アンドロメダ座にあるアンドロメダ大星雲。M31。
日本では昔はどう呼んでいたのでしょうか。
太歳の星・太宰の星 (たいさい・だざい)
天皇が即位すると太歳を行う。この太歳は春分・秋分・夏至・冬至などの節目の日に、
満月か新月が重なる年を選んだ。
ところが新月や満月の日を選ぶという事は、日食や月食が重なる可能性がある。
日食が起こる日に太歳をするのは遠慮されるので、別のタイミングを待った。

神功皇后摂政時代には春分の日の前後に日食が三回もあり、
(201年3月21日、220年3月22日、228年3月23日。)
特に201年には日食が重なってしまった。
その日、日食が起こって空が暗くなると、黄金のアンドロメダ星雲が荘厳な光に輝いたことから、太歳の星という名前が生れた。

中国や日本の古代王は祭祀の為に天壇を造った。しかし歳差運動によって70年経つと、ちょうど一日ずれてしまうため、天壇を作り直すか、都を遷す必要が出てきた。

日本でも一日ずれてしまうと、正しく日や星の出が観測できる土地を探して天皇自身が移動した。これが遷都である。
このわずか一日のずれを観測して計算する天文暦法の家系の記録を天津日嗣(あまつひつぎ)と言い、また天子そのものを指した。

太歳の儀式は天皇一代の暦法を選定する儀式で、これは神武天皇から天武天皇の時代まで続いた。しかし遷都をせずに、太陽を観測するだけで時を計る方式が、持統天皇の時代から始まった。

大明神
ベスビオス火山が大噴火したのは西暦79年で、この時ポンペイが溶岩に覆われた。
噴煙のために日本でも昼間も暗く、星群がらんらんと輝き、アンドロメダには大明神の名が付けられて、筑紫の人々は天壇を建てたと思われる。天壇は欽明帝(553)の頃まで続いた。

高木神・大嶽・大覚(たいがく・だいかく)
日本人も蒙古人もアンドロメダ大星雲を拝していて、高木神と呼んだ。
西暦1264年に、日本は文永元年と改元し、蒙古は至元元年と改元した。これは偶然ではなく、この年の春分の日の正午に、アンドロメダの中心が太陽と上下に並んだからである。

蒙古は日本に神代以来の暦書の提出を要求した。
その時、土御門長親は使節として太宰府まで出迎えに行った。時の関白二条良実二条師忠はその対処法を模索し、宮中にあった暦の写本を作って差し出して、戦争を避ける努力をしたが、蒙古側は原本そのものを要求。くつがえらない事を確かめると、執権北条時宗が、国難を顧みずに敵を処刑した。

高木の名は長崎県の雲仙岳にも付けられた。
遣唐使の一員であった空海も、日本から離れる時、あるいは帰国する時の高木山への思い入れから、帰国後に高木星の別名大覚という名にちなんで、西の京に大覚寺の建立を計った。

文綾(あや)の星・??幡(たくはた)の星
高木星を倭人は文綾(あや)の星・??幡(たくはた)の星とも呼んだ。
千々に乱れて霞む星雲の光を、やがては固まって行く星だと信じていたからである。

獅子の星
しし=四四 四たす四=八 八幡を指す。八幡(ハッティ)という言葉は中東の言葉で、衣裳が風に翻るようすを表し、空に於いてはアンドロメダ大星雲が旋舞するようすを表していた。

千年の星・千歳の星 (ちとせ)
中世、宣明暦が施行される清和帝貞観4年(862)から千年の星の呼び名が現れた。

(『儺の国の星・拾遺』眞鍋大覺著を解釈しました。)

元寇
元寇の襲来の原因について、日本の暦を要求したという事情が書かれています。
元は覇権をとったけど、暦を持たなかったために、天子として認められず、諸外国に暦を求め、日本にも同じように求めたそうです。

「天子は暦を配る」事が出来てこそ、天子と認められる背景がありました。韓国ドラマの「イ・サン」を見ていると、朝鮮国は暦を持たないために、清国の属国扱いを受けていました。暦を持とうとする事でさえ、反乱と見なされた事情が読めます。

遷都
遷都の理由は、観測の目印となる山から、日の出、星の出がずれることが原因だという事です。そのために、ふさわしい目安の山を前もって探す集団が必要です。その具体的な例が倭姫の巡行だと言われています。そして、最終的に伊勢が見つかりました。

このような伝承を述べている人はいないので、誰も検証していないと思われます。沢山の遷都地が残っていますが、それらの東に目安の山が本当にあるのか、検証する必要があります。(面白いテーマだけど、人生が足りないよ…。)

ただし、この説を補うような「三点法」を発表している本があるので、機会を見つけて紹介したいと思います。

大覚
眞鍋大覺の大覚って、アンドロメダ星雲の事だったんですね。
お父さんが星の名前を子供につけたんだ!




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by lunabura | 2011-04-10 17:47 | <星の和名・天文> | Trackback | Comments(0)
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