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高良下宮社(2)暗号に満ちた社殿


高良下宮社(2)
暗号に満ちた社殿
崩落し始めた屋根を守ってください。


いつものように境内の裏手に回り込みました。
●高良玉垂社
本殿の奥行の深さにびっくり。

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まるで平安時代に紛れ込んだよう。
これは、かなり伝統ある名社の作りですぞ。
そして反対側に回ると何やら視線を感じる。屋根を見上げて仰天。

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これは何だ?!いったい…。
人と鳥が合体した顔に見える…。
穏やかな心地はしない。
これまで見たこともない彫像。いったい何故こんな所に。
何とか手を伸ばして撮影するのがやっと。

今思えば、反対側にも同じ物がある可能性があったのに、
あまりの驚きに写真はこれだけ。

誰か研究した人はいないか、文献を調べてみたいけど、
これは地元の人に任せよう。

●スサノオ社(あるいは物部のイクヒ社)

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ぐるりと廻って正面に戻り、今度はスサノオ社の屋根を見上げました。
これまた瓦にいろんな紋が…。
一番上には菊の御紋が突出していて独特の形。
その下には「バッテンと丸」の紋があって、それを支えている模様は波に見える。
なんとも、中世ヨーロッパの紋章のような、洒落たデザイン。
その下にある模様は、波のように見える。
いかにも意気揚々と海を渡っているようなデザインです。
その掲げるものは菊の紋どころ。
さらにその下を見ると、存在をアピールしている陰陽紋。
何とメッセージに満ちている瓦たち。

「バッテンと丸」を見た時、思わず「高句麗壁画の文様だ」と叫んでしまいました。
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これが高句麗古墳の文様。この中央の文様がそれ。
よく見ると、「バッテンと丸」は絡み合っている。
この古墳画を初めて見た時は、ケルト文様を想像していました。
(高句麗古墳の装飾壁画は、中東のデザインの情緒がたっぷりなんです。)
似ているようだし、違うようだし。
しかし、大きなカテゴリに分けるとなると、両者は同じ分野に入ります。

ネットで家紋を調べると、スサノオ社の屋根瓦の方は「祇園紋」と判明。
ここはスサノオを祀る拝殿なので、そうだったのかと納得。
(祇園社ってスサノオ神社の事です。)

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この祇園紋のルーツはまだ未解決だとか。
やっぱり、高句麗古墳の文様と基本パターンが似てない?
この高句麗古墳の所在地は北朝鮮です。
壁画には八咫烏や鍛冶の神々が舞い踊っています。
(カテゴリの八咫烏・高句麗壁画に写真があります。)
スサノオが朝鮮半島からやって来たのは日本書紀に書いてあったよね。

そんな歴史をこの瓦は伝えているのでしょうか。
このスサノオ社の祭神は別伝では「物部のイクヒ」だった。
物部氏は鉄の民であって、暦を司って天皇家をサポートしてるし、
中東から朝鮮半島経由で海を渡ってやって来ているし。

「これらを全部つなげていい?」と自問すると、
「まだまだだ」という声が中からする。
「そうか。まだまだ、踏査が足りないんだ…。」

地元の皆さま、この紋の組み合わせは、三社とも違ってますよ。
この暗号、是非とも解いて下さいね。

●孝元天皇社(あるいは竹内宿禰社)
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これは右側の孝元天皇社の拝殿の御紋です。
松が三段になっていますが、「三階松」と言うそうです。

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「これこそ九州王朝の紋所」だと、メンバーが教えてくれました。
このまえ、福津市の宮地嶽神社でも同じ三階松を見たばかり。
謎の多い宮地嶽神社高良下宮社が「三階松」でつながった。

二つの神社の共通キーワードは竹内宿禰
目の前の社殿は孝元天皇と竹内宿禰の二説が存在している。

もやもやとした霧は晴れそうで晴れない。
6月18日には宮地嶽神社の宮司さんの話が聞ける。
高良大社と宮地嶽神社の話を組み合わせたら、
少し古代世界が見えてくるかもしれない。

●謎の神像
さて、この境内のさらに裏手にあるのは謎の神像。

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UPの映像は何故か遠慮されて、撮ってません。
顔が削られてどんな神なのかよく分かりません。
羽根で作ったマントのような物を身につけて、素足に下駄をはいています。

なんともここは不思議な神社。
知る人にだけ分かる暗号だらけの宮。

屋根の瓦にはまだ他に何種類もの家紋があって、
メッセージを込めた彫刻がいたるところにあります。
ところが屋根は崩落寸前でした。

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すでに瓦が何枚も崩落していました。一つ一つの紋が違います。
(この写真は出さないつもりだったのですが、
ブログに掲載しろとばかりに、夢にこの映像が出て来たのです。)

この高良下宮社の創建は上宮より先だったという説もあり、
久留米市の文化遺産として、修理保存に目を向けていただけたらと
切に思いました。しかも、早急に。
もし、それが叶わぬなら、詳細な写真だけでも残すようにお願いします。

国府跡が公園化されるそうです。
こ国府が出来たのは高良山の麓に古代からの文化があったからです。

高速道路が出来たために、地元の人々が支える力を急速に失ったと
いう証言があります。
祇園山古墳、味水御井神社、高良下宮社、秋葉社という地域の宝を整備して、
高樹神社や大学稲荷、神護石を含めて
国府跡から高良山の麓を周遊できるようなプランを作れば、
文化的遺産の真価が発揮できると思いました。

久留米市教育委員会さま、市長さま、よろしくお願いします。

高良下宮社





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by lunabura | 2011-04-16 00:32 | 高良下宮社と周囲・久留米市 | Trackback | Comments(2)
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Commented by jumgon at 2011-04-18 19:07
今回はとてもメッセージの多い内容で、消化し切れません。スサノオ社の瓦は何時頃のものなんでしょうか?確かに丸にバッテンはケルト文様を連想させますね。
「謎の神像」は山岳修業者や天狗のイメージが漂ってよってますね。
るなさんが言うように、このあたり一帯を保存整備して解説板もつくってなんとなく散歩に来たついでに歴史にふれる機会ができるようにしてくれたらいいですね!!
Commented by lunabura at 2011-04-18 19:31
謎だらけで、私も「謎の投げかけ」で終わりです。
この建物の創建の資料を持たないので、瓦がいつのものかも、今の時点では不明です。久留米の地元の方、出来たらコメントに情報をお願いします。
「謎の神像」は私もそう思います。「カラス天狗」ではないかと想像したのですが、これは氏子さんが御存じではと思いました。
ここは九州王朝派の方なら必ず来るところ。逆に反九州王朝派も、チェックるべき所。古代史を学ぼうとする人たちとっては、大切な所だと思います。
全国の方が訪れるので、整備されたらいいですね。
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