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撃鼓神社(1)太鼓と笛の神さまと乳の池と神功皇后


撃鼓神社(1)下宮
げっこじんじゃ
福岡県飯塚市中
太鼓と笛の神さまと乳の池と神功皇后


九州自動車道、若宮インターから30号線で飯塚市に入り、
井の浦口バス停から山の方に入ると撃鼓神社の一の鳥居に出ます。
「中一獅子舞」と書かれた青い幟旗に導かれて神社の前に出ました。

「撃鼓」は「げっこ」と読みます。
「鼓を打つ」の字の通り、鼓や笛の神様が祀られています。
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石段を上ると、あれあれ。
正面と左に鳥居があって、どちらの扁額にも撃鼓宮と書かれています。
正面の方はさらに石段があって、古そうです。

左の方は境内全体が見えて、様子がわかったので、
とりあえず左の方から参拝する事にしました。

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山際にたくさんの祠があって、昔の姿を留めています。
かなりの古社で、しかも繁栄していたようすが伺えます。

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わずか2日前にこの神社の存在を知りました。

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いつか行ければいいなと思っていたのですが、
思いがけずこんなに早く参拝出来ました。

「福岡県神社誌」を見ていて、この神社を知りました。
関係ある所だけ書き抜くと
祭神 天太玉尊、天児屋根命、細女命(うずめのみこと) 
創立年代は太古で分からない。
神武天皇が東征する時、また神功皇后が三韓征討に行く時、祈願した事が旧記に載っている。
王谷郷(幸袋町の旧名)の産土神である。

三柱の祭神は天の岩戸の前で占ったり、祝詞をあげたり、踊ったりした神々です!
そのお蔭で天照大御神が再び岩戸から現れました。
その後、この三柱はニニギノ命の降臨に随伴しています。

神武天皇も神功皇后もここにやって来て祈願しているとは。
しかも、かつての地名は「王谷」という。
古代には天皇家が頼りにしているクニがあった事が想像されます。
それを納得させる風格を備えた神社です。

神功皇后の神楽部を指導した神々
「ふくおか民俗芸能ライブラリー」
http://www.fsg.pref.fukuoka.jp/e_mingei/detail.asp?id=6-1によると、
古い伝えによると、上宮は白旗山中腹にあり下宮が山裾にあって、古くは上宮を鼓打権現、下宮を笛吹権現とよんでいた。この両権現は神功皇后が三韓出兵の際の神楽奉納で、囃子の太鼓、笛を指導した神だといわれている。撃鼓神社の佐伯家文書には、「神楽」という文字が見られる。

とあります。かなり具体的に話が残っていました。

神功皇后は福岡の各地で神楽を奉納しているけど、
ここの神々が太鼓と笛を指導していたとは!
そりゃあ、仲哀天皇の周りに音楽奏者がいるのは
考えてみると当たり前の事だけど、盲点だったなァ。

クニが違えばリズムやメロディーは違うはずだけど、
撃鼓神社の神楽を聞いて、
神功皇后たちはいっぺんで好きになったんだろうな。
芸能が盛んだったと言う事は背景に豊かな経済力があったという事。
ここを「王谷郷」というのだから、よほど大きな王国があったんだろう。

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拝殿の中も神楽が奉納出来る構造になっていました。
これまでは神職によって神楽が伝えられていたのが、
老齢化により、氏子全体で伝えるようになったとか。
是非とも、後世にまで伝えてもらいたいものです。


乳の池 神功皇后が祈ったのは
境内の中には摂社がいっぱいあったのですが、
右側に廻ってみると、石に字が彫ってあるので読んでみて、びっくり。
乳の池
神功皇后が新羅征伐より御凱旋の後、筑紫のカダにて皇子(応神天皇)を御生みになって、大分宮を経て行く時、親しく当宮に白旗八流を納め、奉斎されて、また産衣  り、池の水を汲んで、授乳の祈願をされてから、この池を乳の池と呼んで、産婦の乳が少ない時、池の水を汲んで祈願をすれば直ちに霊験がある。いにしえより、遠近の祈願が絶えない。

神功皇后は帰り道にも、ここに立ち寄ってる!
この小さな池の水を汲んで、お乳がよく出ますようにと祈ったんですね。
そして、白旗を八流奉納しています。
それでこの山を白旗山というんだ。
皇后は何カ所かで幡を八流奉納していますが、
実際にその神社に出会ったのは初めてです。

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御神木は大きな楠です。
高く高く伸びて枝葉を茂らせていました。

下宮を参拝した後、上宮へも行ってみました。  (つづく)






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by lunabura | 2011-07-14 13:48 | 撃鼓神社・げっこ・飯塚市 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 高橋 正雄 at 2014-12-08 14:06 x
中一の者です。ようこそお参りくださりありがとうございます。夏には獅子舞もありますので、お越しください。
Commented by lunabura at 2014-12-08 22:22
撃鼓神社の由緒は古代の歴史の手掛かりが沢山あって、縁起や神楽舞など詳しく知りたいなとずっと思っていました。
いろいろと教えてくださいませ。
Commented by at 2017-04-02 22:52 x
このあたりでは、10基以上の古墳が見つかっています。鉄製直刀、勾玉、管玉、首飾り、祝部土器、180センチの人骨が発見されています。当時の人から見れば異様ですよね。
Commented by lunabura at 2017-04-03 22:53
180センチの人骨とは!!!
歴史資料館に行ってもそんな情報は手に入りません。
是非とも世に出してほしいですね。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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