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撃鼓神社(2)上宮・白旗山の中腹にある上宮へ


撃鼓神社(2)上宮

 白旗山の中腹にある上宮へ
 

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こちらが撃鼓神社の正面の鳥居です。いかにも山に登っていく感じです。
木の生い茂る参道はどうなっているのでしょうか。

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石段の上に鳥居が見える!
長いけど、行かないと後で気になってしかたがないに違いない。

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しばらく開けた山道を歩くと、さらに長い石段。
これを上ったら上宮だろうか、また石段だろうか…。

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出た!上宮だ!
20m×30mほどの広さの、何もない境内の奥に祠がありました。

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参拝を済ませると一斉に蝉の声が頭上を覆ってドームのように鳴り響き始めました。
まさに撃鼓の名のごとく。
聞いたことのない蝉の声。そう言えば今年は蝉の声を初めて聞くみたい。

何もない境内。こんなシンプルさは大好きです。
白旗山の中腹とはいえ、ここは小さなピークになっていて、周りは絶壁でした。
あっ、おんなじだ。
そう、那珂川町の風早神社とおんなじ。規模が倍になっただけ。

木がなければ下から風が吹いてくる。
ここも製鉄か製銅が行われていたのかもしれない…。
その生産力が豊かさを生みだし、神楽の技能に取り組む余力を生み出した。

仲哀天皇と神功皇后はここの神楽を聞いて感動した。
「是非ともわが楽隊を指導してほしい。」
そんな会話があったのだろう。
撃鼓の王はこの誉れを喜んだ。
太鼓と笛の演奏者にその場で技術指導させたかもしれないし、
もしかしたら、楽隊に参加させて随行させたかもしれない。
だから、神功皇后は帰り道にもここに立ち寄った。
行きは夫と共に。帰りは皇子と共に。
たった2年の月日は彼女の運命を大きく変えていた。

そんな事を考えながら石段を下りて行くと、
下の鳥居の所でぴたりと蝉の声が止みました。
あれほどの数が一斉に鳴きやんだ不思議。
あとで山友達にその話をしたら「春蝉」ではないかと教えてくれました。
そうやって一斉に鳴き始めて、一斉に鳴き止む習性があるそうです。
なるほど。そんな春蝉を初めて聞いたんだ。
確かに、夏蝉とは違ってやさしい響きだった。

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最後に下宮の境内を振り返ると、金色に光る文字が見えました。
「主基斎田」(すきさいでん)に選ばれた栄誉を伝える昭和56年の記念碑でした。
天皇家に献上するための米を作る神田に選ばれたんですね。
この知らせには町中が湧きたっただろうな。
遠賀川の豊かな水は斎田を潤し、黄金の実りを与えてくれた。
豊穣の田を吹き渡る風が目に浮かびます。

さて家に戻って、撃鼓神社の場所を地図で改めて見直すと、
宮の北西3キロにニギハヤヒの笠置山があり、
南東3キロには膨大な量の鏡を誇る立岩遺跡がありました。
かなり気になる場所に位置していましたよ。

この王谷郷も丹念に歩けば王たちの古墳に出会えるかもしれない。
ここに伝わる神楽には王たちの記録は残っていないだろうか。
神武天皇や仲哀天皇を支えたクニの一つがここにある。
よほど大きなクニなのだ。その実態は明らかにされているのだろうか。

白旗山の古代に心を残しながら、次の神社に向かいました。

地図 撃鼓神社 立岩遺跡 笠置山(ニギハヤヒ)






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by lunabura | 2011-07-13 23:26 | 撃鼓神社・げっこ・飯塚市 | Trackback | Comments(0)
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