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大善寺玉垂宮(2)桜桃沈輪(ゆすらちんりん)と追雛(ついな)


大善寺玉垂宮(2)
桜桃沈輪(ゆすらちんりん)と追雛(ついな)


鬼夜の火祭りの由来について説明板が境内にありました。
この火祭りは「鬼夜」と言い、その起源は古く、
仁徳天皇56年(368年)に、肥前桜桃沈輪(ゆすらちんりん)という悪徒がいて、これを伐つため、藤大臣が勅命を受け、大松明をかざして打ち亡ぼした故事からのもので、昭和29年には県の無形民俗文化財、平成6年には国の重要無形民俗文化財に指定されています。 久留米市観光振興。


桜桃沈輪(ゆすらちんりん)
一度聞けば忘れられない名前です。
「桜桃」とは中国原産のバラ科の植物で、白か桃色の花が咲いて赤い実がなります。
全国で植えられているそうです。

この「桜桃」を「ゆすら」と読むのは
朝鮮語の「移徒楽(いさら)」がなまって「ゆすら」となったとか。

[肥前の悪徒]と書かれていますが、
「桜桃」は桜に似た美しい花が咲く木の姓をもつ人でした。
「沈輪」は後に悪字が付けられたのでしょうね。

「ゆすら」の出典はこちら(花と実の写真もあります)
http://www.hana300.com/yusura.html

実はサクランボそっくりですね。食べられるそうです。

ネットで調べるとこの男がいたのは「肥前国水上」とあります。
この地名を探すと「佐賀県大和郡水上村」というのが
明治時代まで存在していたというのが分かりました。
現在の川上峡の近くだそうです。
そうすると、筑後川を挟んで対峙していたクニの可能性があります。
位置関係だけを地図に書いて見ました。

c0222861_2048585.gif

やはり桜桃沈輪大善寺玉垂宮は筑後川を挟んで対峙しているようです。
伝承をいくつも読み合わせると、時代や関わった人たちや
戦闘場所が錯綜していました。
このために原因は分からないけど、戦いの記憶が祭に残されていたのですね。

地図に書いた「吉野ヶ里」のクニはもう消滅していますが、
有名な場所なので、位置関係が分かるように書き添えました。
神崎の「物部氏」というのは、真鍋大覚氏によるもので、
この時代に存在したのかは未調査です。
(尚、地名の調査については、久留米地名研究会の古川氏と
古代史研究家の福永氏に協力を頂きました。ありがとうございます。)

追雛(ついな)
この鬼夜の火祭りは追雛という神事の最終日の神事です。
大晦日の夜から1月7日まで神事が行われます。
この一週間、神官によって火が守られるそうです。

この祭りの真の意味について古賀寿氏の文があるので転記します。
神さまは一年間(神社に)居られると、その地方の人々の罪・穢れなどを全部引き受けてどろどろに汚れてしまわれる。そこで神聖な水で禊(みそぎ)をして神格を再生しなくてはならない。 ―略―
 
これは大善寺の場合もそうでありまして、大善寺の玉垂宮の鬼夜の行事があります。これは太宰府の鬼会などと全然違うのです。

というのは、鬼が阿弥陀堂に籠っているのを子供等が追い出して、その間に大松明に火をつけて、大松明がずっと移動して行って観光客がいなくなったところで、鬼がパッと出て来まして、子供等に守られて前の川の禊場に行き、そこで口をすすぎ、手を洗い顔を洗い、鬼は子供等に守られて玉垂宮の神殿の中に飛び込んで、内々陣の扉の前に手をついて祭が終わる。

これはどうしてかと言いますと、鬼を追い払うのでなくて、鬼に禊を勧めて神殿に帰ってもらう。この事から鬼というには神様だという事がわかる。神様が一年間人間が犯す罪穢を皆引き受けてしまうので、どろどろに汚れて忌籠りをなさっている。

それを引き出すために大松明の行事があるわけで、大松明だけを見てあの祭りは火が大きいなというだけでは祭の本質が分からないのであります。これは秘事なのです。語ってはならないことだったのです。(高良山文化研究所発行)

神社で「払いたまえ、清めたまえ」と人間はお参りするのですが、
神がその罪、穢れを一身に引き受けてくれていたのですね。
一年たつと汚れきってしまって引き籠ってしまわれた神に禊を勧めて、
再び新生してもらう神事でした。

これこそ日本の神道の基本的なあり方です。
罪穢れを背負う神には他に
さすらい姫や瀬織津姫、スサノオの命など、いろんな神様がいます。

再生の神事は神社によって異なるのでしょうが、
この大善寺玉垂宮には「鬼」と言う名で原型が伝わっています。
天照大御神が岩戸に籠るのも、このような意味合いがあるのかも知れませんね。

それにしても、語ってはならない秘事を書いてしまいました。(・.・;)
(古賀寿氏が書いた事だし…。)

祭の本来の意味が忘れられて
付属する夜店や花火の華やかさに祭の姿を求める事も多い時代、
原点に立ち戻り、神事の意味を理解して真の祭を取り戻せるようにという
神計らいだと思いましょ。
(この資料は久留米地名研究会の大石氏に提供いただきました。
ありがとうございます。)

c0222861_20522389.jpg

これが神社の前を流れる広川です。大雨のあとなので水量が多いです。
石段があって、川に入れるようになっています。
1月7日の神事の夜は真っ暗でとても冷たそう。
まさにミソギですね。
 (つづく)


シャグマ役の子供たちと神事の流れ
大善寺玉垂宮の鬼夜

http://kurumenmon.com/daizenji/oniyo/oniyosetumei.htm


大迫力で神事の全容を撮った
若草写真館 鬼夜

http://wakakusa.a.la9.jp/HP8163.htm






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by lunabura | 2011-09-03 20:57 | 大善寺玉垂宮・だいぜんじ久留米 | Trackback | Comments(2)
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Commented by じゅんじゅん at 2011-09-01 16:46 x
この祭りの真の意味について古賀寿氏の文があるので転記します。
うーむ、鬼に対するこんな考え方かたもあるのですね。
それにしても迫力のある神事ですね。
ゆすら梅ってかわいい実がなるのですね。見たことはある様におもうのですが~。
Commented by lunabura at 2011-09-01 20:20
古代の船に乗せた、飲まず食わずで汚れきって罪穢れを一身に受けて、航海の安全を守った人と同じものだと思います。「鬼」にはこういう人と、金属加工人とあるみたいだなと思うようになりました。
「ゆすら梅」の実って、始めは梅とそっくりで固そうなのに、いつの間にかサクランボのようになってますね!
全国で普通にあるそうだけど、まだ見たことないです。
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