ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

大善寺玉垂宮(3)ここには女神が祀られていたという


大善寺玉垂宮(3)
だいぜんじ・たまたれぐう
ここには女神が祀られていたという

さて、話を戻しましょう。
境内で鬼夜の大松明の材料について教えてくれた人が、
「ここは女の神様ですよ。」と言いました。
「え?そうなんですか?」

c0222861_19512377.jpg

そこで改めて神殿を見ると千木(ちぎ)は外削ぎで男神を示しています。
(千木が水平に削られているのを内削ぎと言って女神を示す。例外もある。)

c0222861_19513999.jpg

「千木を見ると男神ですね。」
「でも地元の寄り合いでは、みんなそう言ってますよ。」
そうなんだ。やはり現場には来てみるものだ。

という事でこの神社の祭神を見ると、『福岡県神社誌』では
竹内宿禰、八幡大神、住吉大神
となっていて『飛簾起風』では
高良玉垂命
となっている。
この二つを比べると「竹内宿禰=高良玉垂命」に見えるが、
私は既にそうは思わなくなっていた。(この話は次回に)

その男性はさらに
「この神社は久留米の高良玉垂宮の兄に当たる宮で、こっちから向こうに遷った。」
とも教えてくれた。
これは良く知られた話らしい。この大善寺の方が古いのだ。

「この大善寺玉垂宮は、今はこの地域だけで祀るけど、昔は三瀦も含んでいて、
参道は今の大善寺駅から続いていましたよ。」
「そうですか。」
大善寺駅は川の向こうにある。直線距離で約500mの参道だ。

話を総合すると、この神社は大善寺町から三瀦町を含めた範囲の中心的な宮で、
久留米の高良玉垂宮の元宮だという事になる。
高良山にいた高木の神が追い出されたのは、その時なのだろうか。

地図を見てみよう。

c0222861_19522083.gif

黄色で囲んだ部分が現在の三瀦町。(アバウト過ぎ…。)
この中心的な宮は弓頭神社。(次回に紹介予定)
大善寺玉垂宮はその北にあるので、合わせると水色の円ぐらいがクニのエリアか。
玉垂宮はここから高良山の方に遷った。遷った事情は伝わってこない。

c0222861_19594350.jpg


「ここは女の神様」とはどういう事だろうか
祭神のリストからは男神しか見えないけど、地元では女神だという。
その手掛かりがあった。それが次の文章である。
古代の信仰に「月には変若水(おちみず)がある」という思想がある。(略)
月には水がいっぱいあって、その水は生命の大源となる水である。不老不死の再生の水で、変若水(おちみず)という。この水は真夜中に地上の聖なる泉に降ってくるので、夜中に変若水を汲みに行って飲むと若返りが出来る。

つまり、月影を宿す聖なる泉に変若水が天から降りて来る。
そこでミソギをすることによって、神といわず人間といわず不老・不死再生の力を得る事ができる。

その時に神様のミソギの介添えによってのみミソギの実行ができる。その巫女を「水沼」(みぬま)という。この巫女がやがて神様だと思われてくると、やがて水沼女という水の女神に変わってくる。(折口信夫「水の女」に論証)

朝妻に祀られた香椎朝妻、神功皇后はその変形、つまりミソギの女神だった。

古代の筑後の大豪族として日本書紀に現れる水沼君はいったい何かというと、こういう神のミソギを介添えする巫女を出す家柄である。地方君主の家である。

古代の水沼の伝統は大善寺の玉垂宮の鬼夜と高良大社の朝妻に至る神幸祭に姿を変えて残っているといわねばなならない。

これが後に筑紫君となる。  「高良山をめぐる古代信仰」古賀寿著

これを言いかえると
月の信仰とは月にある変若水聖なる泉に降りて来るのを飲むと
若返るというものである。そこでミソギをすると神でも人でも再生する。
月の夜に泉に光が写る時に巫女が神様と取り次いでそれが成される。
と言う事は満月前後の真夜中という事になる。
その巫女を水沼女と言っていた。
やがて水沼女そのものが神として神格化されていった。

その具体的な例が
朝妻の味水御井(うましみずみい)神社では、祭神・神功皇后である。
また水沼君(みぬまのきみ)という地方君主の名前が日本書紀に出てくるが
その名の由来もこの巫女を出す家柄という事から来ている。

水沼(みぬま)が三瀦(みずま)と変化した。
大善寺玉垂宮の鬼夜の神事や高良玉垂宮の神幸祭などは
同じ月の水の信仰を伝統を今に伝えるものである。

というような事になります。
この大善寺玉垂宮の鬼夜神事は、古神道を考える上で
「古式が残る点で重要な祭りである」事が分かります。

この話からすると、
「祭神は女神だ」と言うのはこの「水沼という巫女」の事かも知れませんね。
その後、玉垂神という男神に変わって行ったと思われます。

味水御井神社にはまだその聖なる泉が残っていました。
この大善寺玉垂宮の鬼のミソギ場は目の前の川でしたが、
泉があった可能性もありますね。
(つづく)

c0222861_19553781.jpg





気が向いたら、ポチっと応援してくださいね。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2011-09-02 20:02 | 大善寺玉垂宮・だいぜんじ久留米 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://lunabura.exblog.jp/tb/16803666
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー