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老松神社(朝倉・下渕)熊鷲の本拠地が見える


老松神社(下渕)
おいまつじんじゃ
福岡県朝倉市下渕840
熊鷲の本拠地が見える
前回、「美奈宜神社(林田)」では、
佐田川の下流で水軍が一夜で陣営を作り上げて、
羽白熊鷲を挟み打ちにする作戦ではなかったのか、
と書きましたが、

その間、皇后軍の本隊は大己貴神社から古処山が見える場所に進軍しました。

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松峡神社(まつお)から仙道古墳を左に見ながらいよいよ秋月方面へ。
写真の左端に見える円墳が仙道古墳です。左の山が阿弥陀が峯。
右の山は大己貴神社(おおなむち)の御神体山です。
この右側を廻り込んだ所に大己貴神社があります。
そこで見え始めたのは古処山(こしょ)。羽白熊鷲の根拠地です。
敵前逃亡者が現れたために皇后は大己貴神を祀りました。

そこからいよいよ川沿いに遡って行きます。
秋月に行くには二つの道路があるのですが、より山際の古道を行くと、
こんもりとした杜が見えました。

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老松神社です。

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いきなりの大古木に先制パンチ。

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古木の茂る神社でした。

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拝殿です。

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秋月藩に近いからでしょうか、崇敬厚かったのがよく分かります。

c0222861_10104100.jpg

神殿です。新しく造成されたようです。

案内板があったのですが消えかかって、よく読めませんでした。
いろいろ総合すると、
皇后軍の秋月周辺の駐留地を「七ヶ森」と言い、
ここは「三府の森」(みふのもり)という陣営です。
皇后の丈競岩(たけくらべいわ)がここに移されているそうですが、
これは気づかなかったです。

c0222861_10103110.jpg

境内の裏手にまわると、古処山(こしょさん)がよく見えました。
二つの山の右の方です。
その手前の山には見張りがいるに違いありません。
その奥は秋月野鳥。羽白熊鷲の根拠地「のとりのたふれ」。

こちらからよく見えると言う事は向こうからも丸見え。
軍勢の数もすべて把握される地形です。
ここは平野のど真ん中。周りよりほんの少し高くなっている程度。
逃げも隠れもしない覚悟の陣営だったのが分かります。
川沿いに進めば道は敵の根拠地に通じる。


もうどこで戦闘が始まってもおかしくない。
直線でわずか5キロ。
向こうから進撃すれば1時間後に戦闘が始まってもおかしくない。
老松神社はそんな陣営の跡でした。


地図 老松神社 秋月野鳥










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by lunabura | 2011-11-17 10:16 | 老松神社(各地) | Trackback | Comments(2)
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Commented by csaオアシス at 2011-11-18 19:49 x

大己貴神をお祀りした理由が
「敵前逃亡者が現れたため」というのが、おもしろいというか、
やっぱり、その時代も、そんな事があったのか・・と思ってしまいます。

兵(つわもの)どもが夢の址。
・・そんな風情を感じさせる、杜の境内と古木です。
Commented by lunabura at 2011-11-18 20:16
神社を陣営として見たのは初めてで、緊張する気持ちがよく分かりました。
古処山も見て分かるようになりました。
不思議な事に左の山の名が地図にもないし、人に尋ねても分からないのです。
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