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喰那尾神社・皇后軍の陣営地

喰那尾神社
くいなおじんじゃ
福岡県朝倉市三奈木
皇后軍の陣営地 

前回の粟島神社から直線で約3キロ。
山見川ぞいを走ると緩やかな勾配です。
秋月カントリークラブを目指して曲がるとゲートの正面に鳥居がありました。

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鳥居が無かったら神社がそこにあるとは、とても分かりません。
鉄の階段を上って草むらをかき分けると、

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山道を発見。

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その先は草むらですが、道はあります。

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すぐに人の手が入った参道になりました。
木に掛けられた竹が結界を示しています。

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神祠の脇から境内に入りました。

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美奈宜神社上宮と書いてあります。
ここは喰那尾(くいなお)神社であり、美奈宜(みなぎ)神社の上宮です。
祭神は天照皇太神宮 住吉大明神 春日大明神。

この話は小山田斎宮から話が続いていました。
神社の伝承を写します。
創設
第14代仲哀天皇は山口県長門一の宮から筑紫方面へ軍を進めておられた。しかし、天皇は急に病気になって亡くなられました。神功皇后はこのことを秘めて武内宿禰等を従えて敵対する羽白熊鷲を討つために小山田邑を軍立ちされた。

当時熊鷲は、白髪山(古処山)を本城として良民を苦しめていました。皇后等は喰那尾山に陣を布き、武内宿禰の軍略を用いて之を討ちとられた。

そこで賊の大将を討つことが出来たのは、出発の時小山田邑でお告げをうけた「三神」のお助けによるものとして、三奈木川のほとり「池辺」の地に「ヒモロギ」を立て、神を招いて戦の勝利を奉告された。
美奈宜神社に尋ねたところ、
この池辺の宮(本宮・元宮)にあった神祠をここに遷したそうです。
池辺の元宮で神功皇后が祈ったのは羽白熊鷲を滅ぼしたあとの事で、
この喰那尾山はまだ戦争中の話です。
ここにヒモロギを立てて、神功皇后は神々に勝利を祈ったそうです。

ここに陣を敷いたという事で、辺りを見回すと、樹木が茂って視界は利かないけれど、
木が無かったら戦場が見渡せるような小峯のピークです。
しかし、かなり狭いので、
選(え)り抜きの親衛隊が少数で皇后を守っただろうと思われます。

元々ここは羽白軍の見張り台があったのではないでしょうか。
皇后軍はこの見張り台の存在を知っていたのでしょう。
ここを狙い、奪う事で有利に立つ作戦だったと思われます。

ここに至るまでに何度か戦いがあったようで、皇后軍は矢の補充をします。
それを伝えるのが次回訪れる矢埜竹神社です。

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帰りながら鉄の階段から一の鳥居と秋月ゴルフ場のゲートを写しました。
向こうの山々は戦ってきた秋月の方面です。

地図 喰那尾神社






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by lunabura | 2011-12-18 19:55 | (カ行)神社 | Trackback | Comments(0)
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