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神崎神社・物部の里


神崎神社
こうざき
福岡県鞍手郡鞍手町古門
物部の里

仲哀天皇の一行のルートを辿ってみようと思って地図を見ると
古物神社神崎神社は一キロほどの距離で、道も舗装されています。

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古物神社からナビで住所を入力して近づくと集落があって溜め池に出ました。
池の向こうの森が神社の杜のようですが、参道が分かりません。
車を降りて人を探していると、ブドウをパック詰めして出荷準備をしている農家
がありました。この町はフルーツの町なのです。

そこで神社を訪ねると、やはり正面の森の中に神社があり、
フェンス沿いに行く事が出来ると教えて貰いました。
「神功皇后の話を御存じないですか?」
「あ~。ここに来たという話を聞いたことがありますね。」
という事でした。
また「神崎」は「こうざき」と読む事を教えて貰いました。

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言われた通りに進むと大木が生い茂る石段がありました。
しかし上り終わると、あれれ?
神殿の裏に出てしまいました。

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拝殿の正面に廻ると立派な参道がちゃんとあるではないですか。
なるほど。裏から入り込んだので分かりにくかったんだ。

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拝殿の中に祭神が書かれていました。

本殿 仲哀天皇 応神天皇 神功皇后 仁徳天皇 玉依姫
です。
仲哀天皇と神功皇后の行幸があったので祀られたのでしょうね。

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本殿から左上に土地があって、祠が並んでいました。
向って右より
末社 貴乃殿神社 大山咋大神(子供の神)
   豊日別大神(豊前坊様)
   貴船大神(水の神)
   今宮大神 (荒吾郎神社と同じ農業の神)
   恵比須大神(食糧の神)
   大山祗大神(山の神)

このように書かれていると、祭神の意味がよく分かっていいですね。
生活に密着して暮らしを守ってくれる神々が大集合です。
もしかしたら、こちらの方が仲哀天皇の行幸前の祭神かも知れません。
豊日別大神がこの筑紫の国にあるのも面白いです。

ここを神功皇后が通過したというのは鞍手町誌に書いてありました。
境内が複数の高さの広場で立体的になっているのを見ると、
当時の有力者の家があったのではないかと想像したくなります。

この神社名は「神崎」(こうざき)で、近くの信号機にも「神崎」と書かれていました。
首長そのものを神と呼んだのか、あるいは神を祀った場所だったのか、
由来は分かりませんが、
「神崎」と言えば佐賀県の「神崎」(かんざき)の方がずっと有名です。

それは吉野ヶ里の近くにあるのですが、その神崎もまた古物部の里なのです。
どちらも物部氏に関わっていて地名が二つとも残存しているのは
これからの探求の手掛かりになりそうですね。

さてさて、ガイドブックに掲載するので一の鳥居を撮らなくちゃと、
正面の参道を下って行きました。

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正面にも綺麗な池がありました。


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これが入口付近のようすです。左の湖面の反射を受けて明るくなっています。
鳥居はこの上の方にあります。

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これが最後の石段で、本殿前に出ます。
この宮は集落の小高い所にあって、地形がよく残っている点でも興味深いです。

さて神功皇后の伝承が次に出て来るのは白山嶺を越えた所にある春日神社です。
次回はそちらに行きましょう。

地図 神崎神社




物部氏については古物神社に詳しく書いています。
古物神社 http://lunabura.exblog.jp/i29/
古物神社(1)宗像三女神が生れた十握剣と父のスサノオが始まりだった
古物神社(2)草薙の剣が降って来た・筑紫の天智天皇
古物神社(3)「ふる」は「隕石」の古語。石上神宮の元宮か?
古物神社(4)物部氏は中東から来た星見の氏族






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by lunabura | 2012-02-07 17:55 | (カ行)神社 | Trackback | Comments(1)
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Commented by furutsuki at 2014-09-27 17:36 x
るなさん、こんにちは。
神崎(こうざき)と木月(きづき)の真ん中くらいに"鞍手町古門道中"という地名があります。近くの交差点にも道中(どうちゅう)と表示されています。
ただこれ、今の地図がそうなっているということです。住んでる人の感覚では、「道中」は木月松隈から古門浪内へ抜ける山手側や、神崎から古物神社方面へ抜ける山手の道も「道中」の内です。 南北に長い一帯を「道中」と呼んでいると思います。田圃より数メートル高い道が通っています。道中の範囲はぼやけていますが、最も広い意味では、室木から岡垣への小高い土地を結ぶ線が「道中」です。
なにかの謎が解けますか?
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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