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山口八幡宮・神功皇后はいよいよ見坂峠を越える


山口八幡宮
福岡県宮若市山口
いよいよ見坂峠を越える
 
仲哀天皇の一行は遠賀川流域から物部の里々を通って、
那の国への峠へと向かいます。その前に休息したのは山口八幡宮でした。

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山口川にかかる橋を渡ると大きな灯籠が迎えてくれました。
この先には九州自動車道のガードがあり、そのまままっすぐ行くと
数軒家が建っていて、それが終わる所に鳥居が真横に立っています。
右側を注意して見ていないと見逃しそうです。

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周囲は山と田んぼです。

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石段を上ると巨大なクスノキや狛犬たちが迎えてくれました。

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拝殿は新築されたばかりのようです。

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神殿は昔のままの姿が残されていました。
二の鳥居の手前に由緒書きがありました。(現代語に改変)
山口八幡宮 由緒
鎮座地 福岡県 鞍手郡 …
御祭神 主祭神 応神天皇    
相殿 神功皇后 武内宿禰明治5年11月3日 村社に被定。
社説に曰く、昔、神功皇后がこの村を行幸された時、ここでお休みになった。それより見坂越え におもむかれ、遥かに海原を眺められた。

その後、延喜2年(西暦902年)9月9日。初めて小方隼人と言う人が皇后の行幸の例にならって八幡宮を建立する。今の宮所がこれである。

昭和7年9月9日鎮座1000年祭を執行する。詳細は宗像神社の末社記にある。
また筑前早艦および筑前国続風土記拾遺附録にも記述がある。年中数度の祭事がある。(略)
この宮の名前は「若八幡宮」から「八幡宮」という名に変わり、
今は「山口八幡宮」となっています。
祭神は応神天皇になっていました。
原文には延喜2年に「皇后の行幸の例に任せ八幡宮を」とあるので、
当時、神功皇后の行幸先が八幡宮に置き換えられて行った背景が伺えます。

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狛犬がいくつもありました。

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参拝を済ませた帰り道に山口川の橋から見坂峠方面を写しました。
見坂峠という地名の由来は
神功皇后がそこから初めて海を見た事から付いたと言われています。

この先は比較的緩やかな上り道になりますが、
下りは絶壁のような急坂となり、ヘアピンカーブが出て来ます。
冬はチェーン規制があるような所です。
その途中にも小さな鳥居が二か所ほどあり、休息所だったのかなと気になるのですが、
車が止められず通り過ぎるだけです。

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見坂峠からは今でも一瞬だけ海が見えます。ずっと向こうの水平線が分かりますか?
山道を歩き続けた一行は陽光きらめく海を見て
きっと嬉しかっただろうなと思われるような峠道です。

さあ、いよいよ那の国です。
香椎宮までのルート上に小山田斎宮や五所八幡宮があります。


小山田斎宮(Ⅰ)オキナガタラシ姫の神懸かりの地を捜して
      (Ⅱ)オキナガタラシ姫の神懸かりの地を捜して
      http://lunabura.exblog.jp/i3/


五所八幡宮 ムーミンの木に会いに来たよ
      http://lunabura.exblog.jp/i106/


地図 山口八幡宮






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by lunabura | 2012-02-10 21:18 | (ヤ・ラ・ワ行)神社 | Trackback | Comments(0)
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