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雷神社・盤座と記紀にはない歴史の記録


雷神社
いかづちじんじゃ
福岡県糸島市雷山
記紀にはない歴史の記録があった
盤座の聖地
 

前回の三坂神社から、雷山(いかづちやま)へ向かう登山道路があります。
ぐんぐんと高度を上げながら車を走らせると、休憩所が左手に。
次に出て来るのは雷山千如寺大悲王院
それを通り過ぎてしばらく行くと右手に雷神社が出て来ます。
駐車場があります。

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車を降りると目に入ってくるのは巨大な杉たち。
その間を通って参道に向かいました。自然と人間が作り出した聖地です。

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ここはパワースポットです。
石段の左にある巨木はイチョウの木。一本でこの大きさです。
今から黄色に染まろうとしていました。

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石段を上がるとすぐに拝殿です。参籠出来るような広い拝殿です。

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拝殿の右にまわって正面付近を撮りました。
人々が見上げているのは先程紹介したイチョウの木。

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そばに立つとこんなふうです。樹齢900年。県指定天然記念物です。

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拝殿前から参道を撮りました。
どのアングルでも、深山のしめやかな趣に満ちています。
神功皇后たちがここに滞在したと麓の宮々で伝えていました。

由緒を福岡県神社誌で見てみましょう。(口語訳。一部変更)
祭神 火雷神、彦火火出見尊、香椎大神、住吉大神、応神天皇
社記によれば、第6代孝安天皇より第11代垂仁天皇の御代まで、異国から我が国に襲来する事が何度もあり、当社の神が大雷火となり異賊を降伏させられた。垂仁天皇がこの御神徳を畏こんで社殿を建てて、敵国降伏の神として尊崇された。

神功皇后が三韓征伐の時、武内宿禰に命じて宝剣宝鏡を供えて祈願された。
それより代々の天皇は勅願所として綸旨(天皇の命令)を賜い、将軍家は祈願所として御教書を下して数十町の神領を寄付された。

下って文永公安の役(元寇)にも御教書を下して敵国降伏を祈られた。永禄天正の際、九州は大いに乱れ、干戈日夜を継ぐに及び、神領はことごとく将士が略奪した。
(後略)
ここには孝安天皇の時代からずっと異国の襲来があったと書いてあります。
孝安天皇などは欠史八代と言って、具体的な歴史が書かれていない時代の天皇だそうです。
その謎の時代についてこの宮では異敵と戦っていたことを伝えています。

この異敵の襲来については、忌宮神社で新羅の塵輪が襲撃していた事が
記紀に書かれていないことが分かりましたが、
ほかに楯崎神社(福津市)や高良玉垂宮の「神秘書」にも書かれています。

「神秘書」にはイルヰという敵の具体的な名前まで書かれていました。
山口県の土井が浜の戦闘跡などはその名残だと思っています。
弥生時代の二重環濠もまた戦いの連続だった事を教えています。

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香椎宮に出した系図に孝安・孝霊天皇を追加してみると、
オレンジの丸に囲まれた天皇たちの世代は
ずっと海からの襲撃に備えていたという事になります。

仲哀天皇の時代は遂にこちらから海を越えて戦おうという展開だったのです。
彼の時代になって唐突に新羅と戦うのではない事が分かります。
だから仲哀天皇は先代の例にならい、この山に祈りに来ました。

祭神を見ると、
 火雷神、彦火火出見尊、香椎大神、住吉大神、応神天皇
となっていますが、香椎大神とは神功皇后です。
ですから、当時の神は火雷神と彦火火出見尊になります。

彦火火出見尊は高祖神社の祭神でもありました。
五十迹手(いとて)はここも守り続けたのでしょうか。

伊都国は天孫降臨の候補地としてよく名前が出ますが、
糸島の中心的な山、雷山と高祖山の神がニニギの命でないことが
心に引っ掛かりました。
ニニギノ命を祀る山はこの地方の何処かにあるのでしょうか。
現地の方教えて下さいね。

神域の素晴らしさに酔いしれながら、一の鳥居の前に出ると、
舗装道路を隔てて急に下がっていく石段を見つけました。
下りて行くと盤座がありました。

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岩陰(いわかげ)祭祀の痕跡があります。

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横から撮りました。このようなカーブは盤座の特徴で、よく見かけます。
この盤座こそ雷神社の奥宮で、
神功皇后が祈ったとしたらこの盤座なのだと思いました。
近くには清らかな小川が流れています。
古代祭祀跡として大切にしたいものです。

雷山は層増岐岳ともいいます。
「ソソキ」という山名から、羽白熊鷲と戦うための陣営の地という説がありますが、ここには羽白熊鷲はいません。
「ソソキノ」は朝倉市の「層増岐野」が該当する土地だと確信しました。
(⇒砥上(とがみ)神社・松峡(まつお)八幡宮にて詳細)

仲哀天皇の一行はこの雷山で過ごしたあと、
不動池や雷山神籠石を廻って下山したそうです。(糸島の宇美八幡宮伝承)
次回はその通り道の雉琴神社に行きましょう。

地図 雷神社







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by lunabura | 2012-02-21 17:55 | 神社(イ) | Trackback | Comments(0)
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