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宇美八幡宮(2)武内宿禰の子 平群の木菟の末裔が祀る宮


宇美八幡宮(2)

武内宿禰の子 平群の木菟の末裔が祀る宮


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「先祖は武内宿禰の第四子と聞いて来ます。」
その言葉に、思わず宮司さんを見上げてしまいました。
大変背が高く、堂々とした体格です。

この宇美八幡宮は代々、武内宿禰の子孫が祀っていました。
第四子って誰だろ?
家に帰ってUPしていた系図を引っ張り出しました。

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古事記の系図ですが、右から四番目は「平群の都久」です。
この「ヘグリのツク」には不思議な名前交換の話があります。
父親たちが子供たちの名前の交換をしているのです。
父親たちとは応神天皇竹内宿禰の事です。

子供たちが同じ日に誕生していました。
応神天皇の子供は仁徳天皇です。
平群のツクの「ツク」は仁徳天皇に付けられるべき名前だったのです。

『古事記の神々』に口語訳したものがあるので、そこだけ抜粋します。
〔仁徳天皇〕
始め、仁徳天皇が生れる日には、ミミズクが産殿に飛び込んできました。
その翌朝、(父親の)応神天皇は大臣・武内宿禰を召して
「これは何のしるしだろうか。」と尋ねました。大臣は
「吉祥です。たまたま、私の妻が出産したのですが、ミソサザイが産屋に飛び込んできました。これまた不思議な事です。」
と言いました。

この時天皇は言いました。
「今、我が子と大臣の子と、同じ日に生まれたとは。どちらも吉瑞があった。これは天の表(しるし)だ。思うに、その鳥の名を取り換えて、お互いの子に名付けて、後の世の契りとしよう。」と。

そこでミソサザイ(サザキ)の名前を太子(仁徳天皇)に付けて、オオサザキの皇子としました。ミミズクの名を大臣の子に付けて、ツクの宿禰としました。これは平群臣の始祖です。この年、太歳がありました。(日本書紀)
少し変な気分です。
だって、壱岐真根子が竹内宿禰の身代わりで死んだ原因は、
応神天皇が竹内宿禰の殺害命令を出したからでした。

ところが、今度はお互いの子供が同じ日に生まれたから、名前を交換して契ろうという訳なのです。
ずいぶん信頼関係が変化しました。応神天皇はもちろん神功皇后の御子です。
系図を出しましょうね。

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このあたりは話も年代も一貫しないので、私は「捏造しているな」と疑うようになっています。


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それはさておき、書紀によれば
ミソサザイは竹内宿禰の妻の産屋に飛び込んできました。
そして仁徳天皇の名前になりました。




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ミミズクは応神天皇の妃の産屋に飛び込みました。
そして竹内宿禰の子の名前になりました。
ミミズクの古名はツク。ズクとも。


これはいったい何の暗号なのでしょうか。まだ手掛かりは掴めません。

取り敢えず「平群のツク」について事前準備が済みました。

それでは本題の宇美八幡宮の縁起の続きを読みましょう。
本宮 
古名を長野八幡宮という。

神功皇后、三韓御渡航の折、船上に神あり。「吾は新羅の神、清瀧権現なり」と「皇后の国土を守護せん。」よって、神功皇后が無事御帰朝の際、当山にて報賽の祭りを執り行ったという。

その後、第16代仁徳天皇の治天10年、平群木菟(つく)の宿禰の子、博公を神主として、この霊蹟に神社を建立し、気比大神(天日鉾尊)を祀らせたのが本宮の起源である。
古名を長野八幡宮というのは、所在地が長野という地名だからです。

縁起では神功皇后の渡航の船に新羅の神が現れて守護してくれたので、
凱旋後、ここで報賽の祭を行い、
平群のツクの子が気比大神を祀ったのが起源だと書いてあります。

気比大神はアメノヒボコだと書かれています。
(気比神宮ではイザサワケです。)
新羅攻撃なのに新羅の神が現れて、倭国の方の応援を約束したという事になります。

古事記によると、このあと13年後には応神天皇と気比の大神の名前交換も行われています。

二代にわたって行われた名前の交換と混線する神の名前。

しかもこの話が西暦200年頃の話だとすると、実は新羅はまだ建国前です。
便宜上新羅と呼んでいるだけです。辰韓、シャグク、サログクのどれでしょうか。
まだまだ、分からないことだらけです。

それでも、ここに来て分かったのは、
アメノヒボコの伝承のある雷山神籠石を通って仲哀天皇と神功皇后が雷山から降りてきた。
そして、その直後、重大な変事が起こり、竹内宿禰の末裔が今なお神社を守っているという事です。

ここに気比の神が祀られている事は、古代史の謎を解く手がかりになる事でしょう。
伊都国は解かれるのを待つ謎がたくさん残っています。

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一の鳥居の前の川です。この話の舞台となった雷山などが一望できました。

(つづく)

なお、竹内宿禰を祀る織幡神社にある、
気比と筑紫に共通する沈鐘伝説の話を書いています。

織幡神社(5)沈鐘伝説と海女
http://lunabura.exblog.jp/14829157/





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by lunabura | 2012-02-26 22:41 | 宇美八幡宮・うみ・糸島 | Trackback | Comments(0)
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