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楯崎神社(1)半島の絶壁に立つ巨大な磐座に神功皇后は祈った


楯崎神社(1)
たてざき
福岡県福津市渡
半島の絶壁に立つ巨大な磐座に神功皇后は祈った 

この神社に初めて訪れたのは、地図を見ていて、ここに磐座があるはずだと推測したからでした。
そして行ってみると、実際に巨大な磐座がありました。

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ここは渡半島の突先です。そこには神社がありました。駐車場は道路を隔てた所にあります。

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楯崎(たてざき)神社です。周囲には全く人家はありません。

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祭神 大己貴命 少彦名命
相殿 飛龍権現
由緒書きがあったのですが、その当時はその意味を理解出来ませんでした。
その時探していたのは盤座です。

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境内の右の方に踏み分け道があって奥へ奥へと進みました。
すると半島の崖ぞいに山道がついていました。
これは振り返って撮ったのですが、右は山。左は絶壁です。

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覗くとこんな感じ。

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数百メートルで、神社の参道になって来ました。

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これが楯崎神社の元宮(奥の院)だと後で分かりました。
現在は薬師神社といい、不動明王が祀られているといいます。
赤い鳥居の左上には、想像以上の巨岩がありました。

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木が生い茂っていて、その全体を撮ることが出来ません。

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この巨岩の根元は石が組み合わせられて、隙間があります。
最近祭壇が置かれたようですが、この中に入ると意外にゆとりがあって、
ゆっくりと座ることができます。
異空間です。
岩陰祭祀場です。

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周囲を調べると、このような80センチほどの岩が
不規則に並べられながら、これまた独特の静けさのある空間を作っています。

落石があったらしく、これ以上は入れません。
すごいスポットもありますが、危険なために紹介できません。

磐座の表面を見ると石と泥で出来たような組成です。
山道に転がっていた火成岩とは全く違っています。
このタイプの組成は熊本や鹿児島の巨石群でも見られるもので、
その姿もまた熊本や福岡の八女、鹿児島のものと近い姿でした。
これを巨石研究会では縄文セメントと呼んでいました。
このような岩は意外に簡単に作れる実験も本に出ていました。

何年かたって不思議な縁で再びここを訪れたのですが
その時は、ここで初めて人のオーラをカラーで見ました。
(二度とそのような事はありませんが…。)

それからまた数年たって、神功皇后の伝承地を調べていて、またもやここに訪れる事になったのでした。
ここに祀られている飛龍権現とは神功皇后の事でした。
皇后はここでも祭祀をしたそうです。
京泊(きょうどまり)から上陸してここに楯を奉納して神の助けを願いました。
別伝には、凱旋後に楯と弦を切った弓を奉納したともあります。

凱旋後にお礼参りをした話は各地に伝わっていて、皇后自身は産後、間もないので、
中臣の烏賊津使主(いかつおみ)などが代参したのだろうなと思っています。

さて、神功皇后がわざわざここまで祈願しに来たのは、さらに古い歴史があるからでした。

                       (つづく)

地図 楯崎神社 京泊




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by lunabura | 2012-03-17 10:40 | 楯崎神社・たてざき・福津市 | Trackback | Comments(2)
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Commented by csaオアシス at 2012-03-17 21:40 x
・・”自然石に神霊は宿る”。。

以前、ある方(神と交流できる御仁!)から聴いた言葉です。
私も、楯崎神社には行ったことがありますが、
このような、巨大な盤座があることは知りませんでした。。

それに興味深いのが、
御祭神が、大己貴命 と 少彦名命であり、
相殿は、飛龍権現ということですが。。

出雲にゆかりのある、ふた柱の神々は
薬や、病の治癒を司っているから、元宮(奥の院)が、
薬師神社と名づけられているというのも、分かるような気がします。。

ここは、すごいパワースポットですよね~!!
Commented by lunabura at 2012-03-17 22:21
そうなんです。
今でも病が癒えた人々でしょうか、新たに祠が増えつつある状況です。
ただ、どうやらあの岩の下の空間部分は神様の住処みたいです。
灯明の箱は無い方がいいかも。

御祭神について、次回は取り組むつもりですが、縁起には知らない事が沢山書いてありました。
古代から有名な場所だったみたいです。
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