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ミリカローデン那珂川の前であれこれ考えた・倭国と日本国・仲遺跡・亀石


ミリカローデン那珂川の前であれこれ考えた

倭国と日本国・仲遺跡・亀石
 


ついに那珂川町に戻ってきました。
一年前だったでしょうか、裂田溝(さくたのうなで)を辿りながら
御中主神社、風早神社、伏見神社、裂田神社、現人神社などを逍遥しました。
(どれもサイドバーからどうぞ。)

人の営みと自然が調和した里で、日本書紀に書かれた水路を辿った古代散歩は
沢山残されていた伝承や祭りで豊かな色彩にいろどられていました。

そして今回は百済の前方後円墳の話から日拝塚古墳を経由して那珂川町へと
思いがけない歴史を辿ってやって来ました。

韓半島の南にある前方後円墳の被葬者は倭人で、九州の北部出身の人たちでした。
この時代についての中国側の記事を読むと、
倭国が毎年朝貢していたのに、その旅程を高句麗が邪魔するという状況でした。

そののち、いつの間にか日本国という存在が出現して、
これもまた中国に朝貢して来ました。
だから、一時期は倭国と日本国という二王朝が同時に存在しています。
その後、倭国の記述は消えて行きました。
韓半島の古墳もまたそれを裏付けるような状況でした。
その石室の構造が春日市の日拝塚古墳と似ているのを確かめに行ったのが
前々回の記事です。(サイドバー→日拝塚古墳)

百済と春日市と那珂川町。
この三つの地域が古墳でつながったのは偶然でした。
ある講座で百済と日拝塚古墳がつながるのを知り、
那珂川町の講座で日拝塚古墳と那珂川町の王墓級の古墳群がつながるのを知りました。

そこで、私の中で、那珂川町の古墳群→日拝塚古墳→百済の前方後円墳という
系譜があるのではないかという仮定が生まれました。
それは確かめないと分かりません。

時代は5~6世紀。磐井の乱は527年。
この磐井の乱は良い指標になります。
筑紫の君・磐井は筑紫の古代史ファンにとってはヒーロー。
(と、私だけが思ってる?いや、きっとみんなにとってもヒーロー。)
その子は葛子。他に鞍手の北磐津などがいるのが分かっています。
そして粕屋の屯倉。宮地嶽不動古墳。岩戸山古墳など。
筑前でも筑後でも、福岡の各地で彼らは深い歴史の奥から呼びかけて来ます。
そう、磐井の君の治めたエリアはとても広かったのです。

そのエリアは彼より300年前の人である神功皇后の移動したエリアにも
一部重なっていました。
皇后を支えた筑紫の古代人たちは、夏羽や羽白熊鷲、田油津姫たちという
旧勢力を滅ぼした後、新たな秩序を作り上げました。
それは連合国的なものだったように思われます。
これが倭国ではないかと思い始めました。

そして6世紀になって筑紫の君として記録に残ったのが磐井です。
彼はついに継体天皇と雌雄を決した。
それが倭国と日本国の戦いだったのではないでしょうか。
言いかえれば九州王朝VS近畿王朝という形なのでしょう。

「日本国は倭国の別種である。」
それは現代の「英国と米国」のような関係に近いと思います。
英国からの移民たちが独立して新国を作り、母国を凌駕して繁栄した。
伝統の国VS繁栄した新国。
それが「倭国と、東の方で繁栄した日本国」とそっくりだなと思うのです。

さて、日拝塚古墳が6世紀のものであり、
那珂川町の古墳群がそれより過去にまで遡れるらしいという事は
磐井と同時代に生きた人たちが埋葬されているという事になります。

那珂川町の古墳の分布は全国の10倍の密度だそうです。
乱開発から逃れ、系統だった古墳の変遷が見られる町です。
その古墳群の中に何が見つかるでしょうか。楽しみです。

今、私はミリカローデンという町の施設の玄関前にいます。
この真下にも古代の遺跡が眠っていました。
古代の人はどんな景色を眺めたのでしょうか。

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西の山々が見えます。片縄山や油山です。

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南には神奈備山がありました。城山というそうです。
ここに住む人々はこの山を神聖視したに違いありません。

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その人たちの遺した遺跡を仲遺跡(ちゅういせき)と呼びます。
縄文時代~古墳時代。
という事は仲遺跡の人たちは神功皇后や竹内宿禰を出迎えたかも知れません。
磐井の君とはどう関わったでしょうか。
ここもまた奴国(那の国)なのです。

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玄関口にぽつんと岩がありました。
どことなく怪しくて、ペトログリフでもないかと観察していたら、亀だ!

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自然石の一部だけを亀に見立てて彫っています。
どこから持って来たのだろう。
スタッフに尋ねたけど分かりませんでした。
亀は各地で神の使い、あるいは神そのものでした。

造成する時に現地から出たのでしょうか。それとも他所から持ち込んだ?
これは土器と同じように文化財としてどこから発掘されたか記録されるべきものです。
遺跡も石も神社も全部、ひっくるめて文化財だと思っています。

そして施設内には三角縁神獣鏡がありましたよ。
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そして例の山本太郎に似た貝徳寺くん。(と、古墳の名前からネーミング)
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さて、うまくつながるかな。さらに古代を歩いてみましょう。




ミリカローデン那珂川 福岡県筑紫郡那珂川町仲2丁目5-1
文化ホール 図書館 プールなどの総合施設






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by lunabura | 2012-06-09 18:29 | <遺跡・史跡> | Trackback | Comments(3)
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Commented at 2012-06-12 10:59 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2012-06-12 20:12
ありがとうございます。
6月は夏至がありますね。
その日でなくても、前後で、日回の現象を確認出来るかも知れませんね。
夏至は吉野ヶ里も中心の日だったのが明らかなので、「夏至族」という切り取り方が出来るのかな、と思っています。
そうすると話はストーンヘンジまで行ってしまうのですが (^-^)V
Commented by dragons ta at 2013-11-29 22:30 x
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