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永尾剱神社(2)「セント・エルモの火」を筑紫では「ゑいのを」と呼んでいた


永尾剱神社(2)
えいのおつるぎ
 「セント・エルモの火」を筑紫では「ゑいのを」と呼んでいた


「St.Elmo(セント・エルモ)の火のことを筑紫では昔から「ゑいのを」とよんでおります。まさに泰西の言葉の万葉仮名的描写であります。語源はまったく共通であります。
  (『儺の国の星』p189 真鍋大覚)

この一文を理解するのに、3年の筑紫の逍遥が必要でした。
この永尾(えいのお)に辿りついて、不知火が見える事を知って、
ようやくこの文の成す意味を知ることができました。

「泰西」とはヨーロッパの事で、同じ「光の現象」を
ヨーロッパでは「エルモの火」、古代筑紫では「ゑいのを」と呼んでいたという事です。

「セント・エルモの火」とは、どんな火なのでしょうか。Wikiより
悪天候時などに船のマストの先端が発光する現象。

大プリニウスによれば、古典期のギリシアでは、発光が一つの場合「ヘレナ」、二つの場合「カストルとポルックス」と呼んだ。

アルゴー船の神話によると、同船に乗り組んでいたカストルとポルックスの頭上に光が灯ったところ嵐が静まったので、この双子は航海の守護神とあがめられ、船乗りの間ではセントエルモの火が二つ出現すると嵐が収まると信じられたという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%A2%E3%81%AE%E7%81%AB

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画像もwikiからですが、マストの先端から何カ所も火が出ています。
悪天候時に発光すると言われるこの現象は、
火が二つ出現すると嵐が収まると信じられていたんですね。

それでは「ゑいのを」という名を持つ永尾剱神社の地形を見てみましょう。
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氷河が削ったのでしょうか、リアス式海岸のようになっています。
中央の岬の先端に永尾剱神社がありますが、その左右には大きな岬が控えています。
川によって土砂が運ばれて平地が出来ていますが、
かつては神社の両脇は海だった事でしょう。
神社の岬は本当にエイの尾のように尖っています。

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これは拝殿に掲げられたエイの絵。
この尾と同じ地形の岬と、その先に現れる不知火。
まさに「セント・エルモの火」を地上に降ろしたような奇跡的な地形が
この永尾剱神社の鎮座地でした。

この岬と不知火を発見した海人たちはどれほど驚き歓喜した事でしょうか。
航海を守る神が降臨した聖なる岬。そこにその光の現象の名を付けました。

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これは参道の中腹の横からの眺望です。
岬の突端に立つと八代海が広がり、不知火の火が見える聖地です。

この神社の主祭神は「海童神(玉依姫)」でした。
この神への信仰が当初から変化無いものだとしたら、
この地を祀ったのは安曇族の可能性も出て来ました。

「海童神(玉依姫)」という不思議な名称も、発光が一つの時はヘレナという女神の名で呼ぶとしたら、
その女神信仰の残照が残ったのかもしれませんね。
(発光が二つの時の話は次回にまわします。)

それでは『儺の国の星』の続きを読んで行きましょう。

筑前国続風土記二十三 志摩郡燈台背の条に
八月以後、晴天にわかに雨雪ふる時に、あかりが下より12條或いは3條上る。上りて後下の方より消えて、細くちらちらと光る。ゑいの魚の尾の如し。故に海人はゑいの尾という。
(一部口語訳)

一條=一丈なら約3m。12×3=36mの事でしょうか?
急に天候が荒れた時、光が40mほどの長さに立ち昇り、下の方から消えて細くちらちらと光る現象が志摩郡でも見られて、「ゑいの尾」と海人は呼んでいたというのです。
まさしくセント・エルモの火と同じ現象です。

相の島から可也山にかけて白山火山山脈に沿う火口が連なっております。

セント・エルモの火は、特に地震津波の前にはよく光りました。海底から噴き上がる地気の微細な気泡が波を静める作用がありますから、近代人はこの現象を活用して圧搾空気を港の岸壁の下から吹き上げて、波を消す方法を案出しました。

玄界の舟人は聖炎が燃えるのは、大風の中心と信じておりました。昭和32(1957)年7月25日に、諫早の豪雨の中にこれが点(とも)りました。

昔の神話も今の人がすこし胸をひろげて心を開いて考えれば温故知新、あまねく到る処に有りと思われます。
(一部変更)

福岡の北沿岸に火口があるという話も、萩沖で火口が発見された事から、
充分に納得できる話となりました。
過去記事
萩沖海底火山 http://lunabura.exblog.jp/18452452/

そして、約一週間前の事ですが、今年の10月22日に白山で謎の火柱が観測されました。

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 石川、岐阜県境の白山(二、七〇二メートル)で、二十七日夜から二十八日未明に群発地震が起きていたことが、気象庁の観測で分かった。いずれも揺れを感じない震度0の地震だったが、その数は約四時間で百回余りにも上る。識者らは「一過性の現象か、噴火に直接つながる可能性があるのか、注意深く監視する必要がある」と話す。

中日新聞 2012年10月29日 引用
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2012102902000165.htm

白山の光の柱が観測されてから5日後に群発地震が起こりました。
真鍋氏はこのような事を伝えたかったのでしょう。

最近ようやく地震前の空模様や発光現象が地震の前兆として広く認識されてきましたが、
「地震雲」という存在を初めて世に発表した時、
真鍋氏に対する識者たちの偏狭な反応にどれほど心を痛めたか、
遠慮がちに書いては有りますが、その無念さがひしひしと伝わってきます。

気象庁は今でも地震雲を認めていないそうですが、
民間のツイッターなどでは、詳しい研究が進んでいます。
(つづく)






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by lunabura | 2012-11-01 00:31 | 神社(エ) | Trackback | Comments(0)
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