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船原古墳(1)金メッキの馬具一式が発見された・その環境 小山田斎宮と愛鷹神社が近い


船原古墳(1)
金メッキの馬具一式が発見された

その環境 小山田斎宮と愛鷹神社が近い

古賀市谷山で国宝級と言われる金銅製の馬具が出土しました。
これは西日本新聞の記事。

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地名が古賀市谷山ということで、地図を広げると、
あれれ?
小山田斎宮のすぐ近くではないの。
小山田斎宮のある谷と谷山は別の谷だったので、
頭の中では別々にインプットされていた。(+_+)

船原古墳は田んぼの中にあって駐車場がないとの事なので、
車を遠くに止めて歩いて行く方法を探していたら、
なあんだ、小山田斎宮と古墳の間は徒歩で7分。
直線距離では500m。

それなら歩いて土地勘を作ろうとオリジナルの地図を作製。
張り切って出掛けたら、途中で雨が降り出した。
ということで、室内で予習をすることにしました。

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これは世に知られていない小山田斎宮。
『日本書紀』に書かれた「小山田邑の斎宮」が小山田村に現存している。
(ただし、元宮からは少し移動している)

仲哀天皇の崩御後、直ちに
安全が保障された所に斎宮を設けることが出来たということは、
天皇家を支援する豪族がここにいたからに他ならない。

ここには日本書紀に書かれた、香椎宮の古宮で秘密の会議に出た
物部の胆咋(いくひ)や竹内宿禰のような側近のメンバーだけが
一緒に滞在できたと思っている。

ところが、驚く話が田川市に残っていた。
ここで田油津姫が神功皇后を暗殺しようとして失敗したという。
(サイドバー 若八幡神社 田川市)

大変なミステリーだけど、この狭い宮所から考えると、
田油津姫は神功皇后の傍にいて問題ない関係にあったことになる。
神夏磯姫の末裔はこの時点までは信頼されていた。

これが西暦200年頃の小山田斎宮で起こった出来事。


そこから歩いて数分で話題になっている船原古墳に辿り着く。

c0222861_043673.jpg

6世紀末から7世紀初めのものだというので
時代は400年近く経っているけど、
被葬者はこの斎宮について知っているはずだ。
祭祀に関わっている可能性だってある。

この古墳は盗掘されていたが、金銅製の飾りの一部が石室内に残っていた。
石室の壁にはベンガラの赤色が残っていて、
装飾古墳だったのではないかと言われている。

今回、金銅製の馬具が一式15点も出土したのは、
それらが石室でなく、5メートル離れた土壙に埋納されていたからだ。
そのお蔭で盗掘者の目から逃れることができた。

この近郊で金銅製の馬具が出たので思い出すのは、
手光波切不動古墳宮地嶽不動古墳。(サイドバー 宮地嶽神社と古墳)

この二つの古墳はかつてはセットで参拝されていて、
祭祀し続けたのは武内家だという。
今は宮地嶽神社によって修復がなされ、不動神社として祀られて、
三階松の紋が九州王朝の存在を主張している。
神社では被葬者は磐井の君の末裔としている。

手光波切不動古墳は7世紀の頃のもの。

船原古墳の被葬者と手光や宮地嶽古墳の被葬者は時代的に近い。
もしかしたら、同じ時代を生きたのかも知れない。

船原古墳からは宮地嶽古墳と同じような「壺あぶみ」も出ているので、
きっと比較検討されて、詳しい時代が分かるだろう。


さて、この船原古墳の傍の川を遡ると、気になって仕方がない神社がある。
それは「愛鷹神社」。
山幸彦が鷹を愛したからついた社名だという。

どうして、ここに山幸彦の伝承があるのだ。

しかも豊玉姫も祀られている。
祭の日には鮭が上るという哀しい伝承と共に。
そして、その子、ウガヤフキアエズまでもが祀られている。
豊玉姫が夫と子供という一家族揃って祀られている神社をようやく見つけた。

この船原古墳は小山田斎宮の谷と愛鷹神社の谷が合流するような地点に、
位置していた。
海から上がってくる者に対しては、
二つの谷を守るような位置にあるようにも見える。
(地図では左上が海)

出土した国宝級の馬具はどんな古代の物語を語ってくれるのだろうか。




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by lunabura | 2013-04-21 00:11 | 船原古墳・古賀市 | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2013-05-02 00:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2013-05-02 20:07
非公開さん、はじめまして。
神功皇后の時代200年について、御心配なのですね。
私は、素の状態で読むために、あえて200年説の立場で歴史を見ています。
それで矛盾が生じるかどうか、という視点で観察しています。
今は神功皇后の伝承そのものの基礎資料を集めている段階です。
それが済んだら、年代特定したいなと楽しみにしています。
これは公開日記なので、考え中だと思ってください。
自分の説が出来たら、きちんと発表したいとおもいます。

ところで、「どんな学者もそんなこと思っていない」と聞いてかえって安心しました。
実は先日、考古学関係の方から、「神功皇后は神話です。
応神天皇から歴史です」と言われたので、それが定説かと驚いていたのです。
応神天皇のお母さんは誰かと聞きたかったのですけど…。
いろんな方があるんですね。

よろしかったら、これからもいろいろと教えてください。 (^-^)
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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