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綾羅木郷から「史跡の道」へ


綾羅木郷から「史跡の道」へ


さて、リクエストがあった下関市立考古博物館で手に入れた「史跡の道」のマップをUPしましょう。

こりゃ、楽しそう!

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分かりにくいでしょうが、下関市立考古博物館から約4.5キロのウォーキングマップです。
ずらりと古墳が点在していて、1~2時間ぐらいで歩けそうですね。

ざっと、古墳の特徴を書いておきます。

秋根古墳(あきね) 明治20年ごろ、秋根八幡宮を修築中に石室を発見。

植松古墳(うえまつ) 南北に約19m、東西15m、高さ約3.6mの方形墳。未調査。

上ケ原古墳(うえがはら) 植松古墳の北約10m。方形墳。石で蓋をした墓2基。

史跡 仁馬山古墳(じんばやま) 瓢型(ひさごがた)古墳(前方後円墳)。全長約74m。後円部は直径約46m、高さ7m。この古墳は4世紀後半から5世紀初めごろに築かれた大分県宇佐市の赤塚古墳・春日田古墳や、畿内の前方後円墳とよく似ており、山口県内の畿内型の古墳としては最も古い古墳。被葬者は地域の位の高い人物で、畿内や九州の政治と深い関わりのあった人物。国指定。

みやばし古墳群 古墳時代の終わりごろ。

上の山古墳(うえのやまこふん)全長100mを超すとみられる下関市内では最大級の前方後円墳。明治42年に川北神社が造られたとき、後円部を削って社殿が建てられた。副葬品に六鈴鏡、鈴付釧(くしろ)、瑪瑙の勾玉ほか。6世紀後半。

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(下関考古博物館で見られます)
被葬者は貴婦人かも!



<百済との比較>
百済の前方後円墳の被葬者たちについてとても関心があるのですが。
(五世紀後半~六世紀前半 だそうです。)

参考文献
1 栄山江流域の前方後円墳の被葬者は副葬品から考えて「周防灘沿岸、佐賀平野東部、遠賀川流域、室見川流域、菊地川下流域などに出自をもつ複数の有力豪族と想定」される。

2 公州市丹芝里の横穴古墳群の被葬者は、その形態が周防灘沿岸と遠賀川流域のそれと類似する点から、北部九州地域の倭人であり、百済王都の防御と関連する集団と推定できる。

(「韓半島南部に倭人が造った前方後円墳」 ―古代九州との国際交流―  朴天秀(慶北大学考古人類学科教授)…PDFで見られますよ。

ざっと見ると、綾羅木の史跡の道の古墳は百済の前方後円墳の前後の時代のようですね。
一番近いのは、若宮古墳(5世紀中頃)かな。

若宮古墳(下関市立考古博物館そば)
http://lunabura.exblog.jp/20295842/




現地を上空から
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これはグーグルアース。
こんな丘陵地帯にずらりと古墳が並んでいるんですね。
地形的にいかにも古墳がありそうな感じ。
こんな道歩いてみたい!!

上の地図に神社と現地写真、形、副葬品写真が掲載された大きなマップができれば完璧だなあ。

とりあえず、このパンフレットは「史跡の道―コース・ガイド」といいます。
下関市立考古博物館で手に入ります。

こりゃあ、現地の人による詳細記事を期待したいですね!

地図 下関市立考古博物館付近




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by lunabura | 2013-06-05 21:21 | 響灘の遺跡めぐり | Trackback | Comments(5)
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Commented by 青林堂 at 2013-06-07 12:03 x
突然のコメント失礼いたします。
この度弊社より、古墳・古代史が好きな方必見の書籍
「画像解析によって判明した古墳墓碑 上下巻」池田仁三著
が2013年5月24日に刊行されました。

最新のコンピューター画像解析技術によって石室・石棺をを解析したところ、
箸墓・高松塚古墳を含む、ほぼ全ての古墳から被葬者の名前が浮かびあがった、
という衝撃的な内容です。

AmazonのURLを記載させて頂きますので、ご覧になって下さい。
http://p.tl/R63s

もし宜しければご購入のうえブログでご紹介頂けると幸いです。
Commented by 愛読者 at 2013-06-07 12:30 x
「ガイアの森―2040年からのミッション」届きました。どんな本かと思っていたら「近未来SF的エコロジズム小説」だったんですね。
これ仕上げるのはなかなか大変だったと思います。ご苦労様でした。
読み始めたばかりですが文体も快調で、結構面白そうです。土日で読み終えるのが目標です。
感想はそのあとで・・
Commented by 愛読者 at 2013-06-07 17:49 x
いささか古いブログについてですが、宇美八幡の「正稚児が八幡宮を向いて、杯についだ甘酒を飲んで青豆を3粒食べて、それを三回繰り返す」起源ですが、
周王朝の儀礼を記す『周禮』に「爵、一升、觚三升、献ずるに爵を以てし、酬(こた)うるに觚を以てす。一獻に三酬、則ち一豆なり」とあり、これは爵1杯が觚3杯にあたり、一度觚に注がれればそれを3回に分けて飲み、1度「豆」の上の菜(供物)を食すというもの。
この儀礼を受け継いでいるのでしょう。周王朝に鬯草を献じた倭人の子孫が糸島の人々なんですね。
Commented by lunabura at 2013-06-07 21:01
青林堂さん、はじめまして。
大変興味深い話ですね。
只今、忙殺しておりまして、落ち着いたら読ませていただきたいと思います。
情報ありがとうございます。
Commented by lunabura at 2013-06-07 21:08
愛読者さん、こんばんは。「ガイアの森」ありがとうございます。
この本はいろんな側面があるので、こんな本ですと、一事でいえないのが難です。(汗)

糸島の宇美八幡宮の謎の催事が周とつながるとは!
大発見ではありませんか?
これは論文、楽しみにしています。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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