ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

織幡宮(6)竹内宿禰は異敵の襲来から守ろうと言った


織幡宮(6)

竹内宿禰は異敵の襲来から守ろうと言った


今日は原稿をメール便で送付。
ちょっと一息ついています。
山笠が終わるとついに夏本番か!というイメージですが、今日、ようやくワシワシが鳴き始めました。
ニイニイゼミからワシワシへという循環は無くなって、最近は、いきなりワシワシからです。

今日は、久し振りに織幡宮へ。
手前で湊が見えたので、寄ってみました。
c0222861_21362213.jpg

鐘崎漁港から織幡宮のある山を見て、そうだったのか!!
竹内宿禰がここをとても気に入ったという理由が分かりました。
見事な神奈備山だったんですね!!
海から戻る時、この山はまさしくナビゲーション。

c0222861_21371980.jpg

ここから織幡宮はすぐそこです。一の鳥居に着いて、あれ?
光景が変わっている?
新しく石段が付いています。
向こうに見えるのがさっきの神奈備山。

c0222861_21384444.jpg

この宮についていろいろ学んだ後に撮る写真、すっかり視点が変わりましたよ。


c0222861_213935.jpg

かつて見えていなかったものが見えるようになりました。
それは、右端に見える小さな石囲い。
沓塚です。
竹内宿禰が沓を残したまま昇天したと言われる聖地のしるしです。


c0222861_21391831.jpg

シキハムさま。
これは宿禰の名前なのでしょうか。

分かっているのは、竹内宿禰がここに御魂を鎮めて日本を守ると誓ったということ。
まさか三年前は、こんな時代になろうとは思ってもいなかった。

祭神の意味を知って、今日は参拝に来ました。
我が国を守ってくださいと。

そして沢山の縁をいただいて、ガイドブックが書けたお礼を。

神功皇后は自分の支援者の聖地におもむいて祈りました。
どんな山でも島でも厭わなかった。
そして事が成就すると、お礼参りをしました。
自分が行けない時には代参をたてたのでしょうね。

皇后と竹内宿禰の生きた時代とその前の時代、異敵が日本に上陸しようとして、
玄界灘沿岸では各地で戦いがあっていたことを知りました。
それを筑紫の国々の人たちは連合して守り抜いたのですね。
こんな大事な歴史を知る事ができた。

c0222861_21405313.jpg

沓塚で参拝すると太陽がキラリと光りました。
c0222861_21394413.jpg

下りて行くと、再びキラキラと輝きました。


c0222861_214052.jpg


こちらでも。




今日の木漏れ日はすごい。


c0222861_21412470.jpg

ありがとうございます。


織幡宮




いつも応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2013-07-14 21:44 | 織幡神社・おりはた・宗像市 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://lunabura.exblog.jp/tb/20502634
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー