ひもろぎ逍遥

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三女神社2 ミッシングリングがつながった?

宇佐・安心院トレッキング(21)

三女神社2
ミッシングリングがつながった?

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(神殿)

拝殿にはもう一つの由緒書がありました。
三女神社由緒
神代の昔、高天原に於て天照大神は素盞嗚尊と盟約の結果
   田心姫の命 一の御殿
   湍津姫の命 二の御殿
   市杵島姫の命 三の御殿
の三女神を生み給い、葦原の中国の宇佐嶋に降し給うた。

宇佐嶋とはこの地宇佐郡安心院邑にして、豪族筑紫君等がこれを祀る。爾来一貫してこの地に鎮座して今日に至ると伝えられる。

境域には現にこれに関する幾多の史跡と伝説とを有している。

江戸時代に至り、島原藩主累代これを崇敬し、社領十石を奉納し、或は宮殿を造営し、或は矢壺提灯ならびに釣灯篭等を奉納した。 (略)

「豪族筑紫君等がこれを祀る」
なんと、筑紫の君が祀っていたというのです。
ここは九州の東。すると、かなりの広範囲を治めていたのでしょうか。

筑紫の君と言えば「磐井」がいます。ウィキペディアから抜粋しましょう。
528年8月、継体天皇は物部麁鹿火(あらかひ)を将軍に任命して、筑紫へ派遣した。磐井軍と麁鹿火軍の決戦が行われたのは528年11月。筑紫三井郡での激しい戦闘の後に磐井は捕らえられ、麁鹿火に斬られたとされている(『日本書紀』)。 
『筑後国風土記』逸文には、磐井王が豊前の上膳県へ逃亡して、その山中で死んだ(ただしヤマト軍はその跡を見失った)と記している。


磐井が物部麁鹿火に負けたあと、殺された、或いは豊前の上膳県(かみつみけのあがた)に逃げたとも言われています。
磐井の乱を知った頃はどうして豊前なんかに逃げたんだろうと、地理的に不思議でした。
筑後と豊前のつながりを知らなかったからです。

ここは豊後ですが、筑紫君がこの三女神社を直接祭祀していたということなので、
磐井の勢力範囲はとても広く、安心院(あじむ)にも届いていたということになりますね。


また、筑紫君といえばもう一つ、
「水沼」が後に筑紫君となることを大善寺玉垂宮で紹介しました。

古代の筑後の大豪族として日本書紀に現れる水沼君はいったい何かというと、こういう神のミソギを介添えする巫女を出す家柄である。地方君主の家である。

古代の水沼の伝統は大善寺の玉垂宮の鬼夜と高良大社の朝妻に至る神幸祭に姿を変えて残っているといわねばなならない。

これが後に筑紫君となる。  「高良山をめぐる古代信仰」古賀寿著

水沼女という巫女を出す家柄が水沼君であり、のちに筑紫君となったといいます。

この問題をずっと考えているのですが、
筑紫君の家系は水沼から磐井へと変わったのでしょうか。(政治的な変化)
それとも、磐井とは水沼の末裔だったということでしょうか。
(磐井という字も泉と関係があります)
この辺り、御存じの方教えてください。

九州王朝の場所について志賀島で言い伝えていたのは八女でした。
安曇族は八女まで物資を運んでいたといいます。
八女こそ磐井の地なのですね。

の民である安曇族 ― 橋と大善寺(宇佐)-傘橋と大善寺玉垂宮(久留米)
これは「呉」でつながる勅使道の可能性を示していました。

水沼君 ― 筑紫君 ― 磐井君
水沼の君と磐井の君は「筑紫の君」でつながっています。

そして、この三女神社における、
水沼君 ― 筑紫君 ― 三女神 のつながり。
安心院で筑紫君が三女神を祀っていたとは…。


「ひもろぎさん、井戸に気が付いた?」
「え?」
「ダメだなあ。これを見逃したらここに来た意味がないじゃない」

このトレッキングを企画した古川さんが後からやってきました。

「何ですか。何があるんですか?」
そうして教えられたのは境内から出た時にだけ見える説明板でした。
「水沼井」!!

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水沼井(おみず)
当社東南五百メートルの盆地内に根宮(もとみや)があり、神池として清水が湧出する。伝説によれば三女神天降り(あまくだり)の際の産水(うぶみず)とされ、雨や旱(ひでり)に増減混濁することなし。また手足の不ずいにも著効ありという。

奉仕の社家は水沼氏と称し、お供えや炊事の水にも用いられたといわれる。
この水沼井も安心院七不思議の一つである。

水沼氏が直接ここに携わっていたのです。
ああ、ついにミッシングリングはつながった!!!

水沼 - 三女神 - 宗像

当社の三女神を祀るのは宗像族と誰もが想像するのではないでしょうか。
ここは水沼氏が祀っていました。
まだ水沼の名が残る古い時代の祭祀場だったのです。

500メートルか。
「近かったですか?」
「まあ、そう遠くなかったですよ。下りになる前の所にありますよ」
5分ぐらいか。まだ時間がある。
現地に行ってみよう。
ついに水沼の泉が見られる!

(つづく)




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by lunabura | 2013-08-31 21:41 | (サ行)神社 | Trackback | Comments(0)
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