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「足一騰」の謎 2

宇佐・安心院トレッキング(26)

  妻垣神社(足一騰宮)3

「足一騰」の謎 2


妙見菩薩は四つの手に日鏡及び筆、紙を持った像であった。日月星辰即ち、宇宙空間の森羅万象を克明に記録する女官の姿であった。これがやがて女人が心中の意を文書にして天に奏上する役と信じられてきて、ついには良家を斡旋する縁結びの神と崇められるに至った。

神代の昔は足一騰(あしひとつあがり)は会富騰(そほど)と祭られた斗極の姿が、平安の宣命(せんみょう)の時代を過ぎて海外貿易の守護神に変わり、鎖国の後は庶民の心のささやかな祈りを捧げる祠(ほこら)となって、今に至っている。

斗極が今の位置に北を指す星座に昇格し始めたのは、正確には四千年前のことである。それ以前は龍座の主星Thuban(トウバン)が北極星の位置をしめていた。

この中間(の時代)、人間は宇宙の回転中心、即ち北極を見定めるべき星がなかった。暗黒の夜空の中に空虚な天御中(あめのみなか)と崇めていたのである。ギリシャ神話のウラノスの時代であり、東洋では太一(たいいつ)の時代であった。
『儺の国の星』p38


「妙見菩薩」の「妙見」とは北極星のことですが、菩薩はイラストのように、四本の手を持っていて、
二本の手に日月星のシンボルを持ち、あと二本の手で筆と紙を持っています。

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クレヨン塗り絵集より
http://www.syabutu.com/tenbu/newpage20.html


これは女官が天体の観測記録を書いている姿をシンボル化したものだということです。
これが後に天へ奏上する願い事を書いている姿と考えられるようになったんですね。

片足で立っている様子が、まさに斗極(北斗七星)を示しているんだと、
今なら分かります。
北斗七星を「足一騰」とも言ったのですから。



北極の中心に星があった時代と星が無かった時代があり、
それぞれ神話や宇宙観が変化しています。

現代のようにポラリスを北極星に迎える文明では、妙見菩薩のように、
北斗七星がシンボル化されているのが多く見られます。

さらに前には北極星が無い時代が有り、「道」(タオ)は「玄」のようだと語られるように、
「宇宙の中心は暗く、子宮のように万物を生み出す」と考えられ、
深遠な思想を生み出したのではないかと考えています。

そのタオの周りを回っていたポラリスとツバーンが
日本では「干珠満珠」というシンボルにもなっています。
「海の神は干珠満珠を捧げて天に祈っていた」という神話が生まれた時代が
この時代だったのですね。
海神豊玉彦と二人の姫神・豊玉姫と玉依姫がこのように語られました。

また、それよりさらに昔になると、龍座のツバーンが北極星になっているので、
この時代には龍のシンボルが文化に多く現れていると考えています。






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by lunabura | 2013-09-08 21:45 | (タ行)神社 | Trackback | Comments(0)
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