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「足一騰」の謎 3 賀茂氏

宇佐・安心院トレッキング(27)

 妻垣神社(足一騰宮)4

「足一騰」の謎 3 賀茂氏

 
Sirius(シリウス)を気分星(けぶらいほし)と呼びました。日本人が旧約聖書のHebraios(ヘブライ)の名を聞いたのも、今から四百年前のことでありますが、「けぶらひ」とは平安の頃は「けはひ」と見え気配と書き、節季の「はしり」が燃え揺らぐのを述べる方言古語でありました。

やがてSirius(シリウス)の色調の千変万化を以て化粧(けはひ)星の名もまた読み行われました。坩堝(るつぼ)の中の溶けた具(ぐ)の燦爛たる光気を鬼目と書きますが、鬼を「け」、目を「ふり」と言いましたから、あの凄まじい輝きをも合わせて表現した古名でもありました。

大陸に派遣されて秦漢の豪壮な阿房宮未央宮をまのあたりに見まわった倭人は、全天随一の明るさを誇るシリウスにこの宮名を冠したのかも知れません。

Sotis(ソティス)の音写かと思われますが、卒土星(そつとのほし)の名がありました。また俘屠星(ふとのほし)の名も聞きました。太身族の故郷の栄枯盛衰の歴史をよく説明している古名でもありました。

一目星(はなみのほし)の名も聞きました。いかにも胡人の緑眼高鼻の風貌から受ける印象と、その特技たる蹈鞴(たたら)の眩(まばゆ)い光をよく描写しております。

賀茂とは一目の燕語たるKhana-muli(カナムリ)の倭約であったらしく、その姿が足一騰と述べられた如く、楽に坐る時は必ずどちらかの片膝を立てる先天的遺伝的体質がありましたが、今でもこの坐り方はところによってはまだかなり見受けられます。
『儺の国の星』p70

今日はシリウスの話になります。(ホントは賀茂の星の項目の所にあるんだよ)
いつものように、少しずつ読解していきましょう。

Sirius(シリウス)を気分(けぶらい)星と呼びました。日本人が旧約聖書のHebraiosの名を聞いたのも、今から四百年前のことでありますが、「けぶらひ」とは平安の頃は「けはひ」と見え気配と書き、節季の「はしり」が燃え揺らぐのを述べる方言古語でありました。

シリウスを気分星とも呼んだそうですが、「けぶらい」と「けはい」は同じ言葉で、
季節の「はしり」を表現する言葉だということですね。

シリウスは冬には夜中にぎらぎらと光っていますが、今のような夏の終わりには明け方に出ています。
明け方に南に輝くシリウスは秋の到来を告げる訳ですが、
それを「燃え揺らぐ」と表現する真鍋大覚の感性が素晴らしいですね。


やがてSirius(シリウス)の色調の千変万化を以て化粧星(けはひのほし)の名もまた読み行われました。坩堝(るつぼ)の中の溶けた具(ぐ)の燦爛たる光気を鬼目と書きますが、鬼を「け」、目を「ふり」と言いましたから、あの凄まじい輝きをも合わせて表現した古名でもありました。

シリウスは色を刻々と変化させながら光りますが、
それと坩堝で鉱物を溶かす時の光の輝き「鬼目」(けふり)を重ね合わせて、化粧星とも呼ぶ訳ですね。
これはシリウスを見て坩堝の光を思い起こす工人の言葉なのでしょう。

大陸に派遣されて秦漢の豪壮な阿房宮未央宮をまのあたりに見まわった倭人は、全天随一の明るさを誇るシリウスにこの宮名を冠したのかも知れません。

倭人の使者は中国の都まで行ったのですが、
阿房宮未央宮を見て、シリウスにこの宮の名前を付けたのかも知れないということです…
が、るなはてっきり中国人が付けた名前かと勘違いしていました。

咸陽でしたか、最近、天空の星の配列を都市計画に取り入れているという研究が
テレビで放送されていましたが、うろ覚えです。
もう一度見たいな。

c0222861_22195065.jpg

画像出典
http://be-sp.com/nost/d2.php
これは現代の阿房宮のようす。建築当初とはスケールはもちろん違うでしょうが、
これを建てた始皇帝(紀元前259年 - 紀元前210年)は紀元前の人ですから、
文明がどれほど栄えていたのか、倭人の使者でなくても途方に暮れそうです。

Sotis(ソティス)の音写かと思われますが、卒土星(そつとのほし)の名がありました。また俘屠星(ふとのほし)の名も聞きました。太身族の故郷の栄枯盛衰の歴史をよく説明している古名でもありました。

ソティスもシリウスの呼び名です。
太身族とは胡人のことで、中東の民ということです。

一目星(はなみのほし)の名も聞きました。いかにも胡人の緑眼高鼻の風貌から受ける印象と、その特技たる蹈鞴(たたら)の眩(まばゆ)い光をよく描写しております。

賀茂とは一目の燕語たるKhana-muli(カナムリ)の倭約であったらしく、その姿が足一騰と述べられた如く、楽に坐る時は必ずどちらかの片膝を立てる先天的遺伝的体質がありましたが、今でもこの坐り方はところによってはまだかなり見受けられます。

蹈鞴の時の光を見る時に、目を守るために、また見やすいように片目で見る事から
「一目」という言葉が生まれたようですが、
「賀茂」は「一目」を表す燕語から来ているということです。
(カナムリ→カモ)

Wikipediaで燕国を調べてみました。
燕(えん、紀元前1100年頃 - 紀元前222年)は、中国に周代、春秋時代、戦国時代にわたって存在した国。春秋十二列国の一つ、また戦国七雄の一つ。河北省北部、現在の北京を中心とする土地を支配した。首都は薊(けい)で、現在の北京にあたる。燕都・薊城の遺蹟は北京市宣武区に所在する。

ネットなしでは真鍋の本が理解出来ない…(・.・;)

まとめてみると、賀茂の民は緑の目をして鼻が高い風貌をしていて、
中東を出て中国の北部に到達したのは紀元前。
それから日本に渡って来たということになります。

賀茂氏といえば鍛冶の民で、八咫烏をトーテムとしていました。
賀茂氏は「足一騰」がシンボルだということにもなります。
「足一騰」とは北斗七星であり、片膝立てて坩堝を見守る姿でした。

そういえば、神武天皇を八咫烏が案内していますね。

神武天皇はこの宇佐の盆地、安心院の「足一騰宮」にやって来ました。
武器調達だろうと予測を立てましたが、
当宮は当時、賀茂氏の宮だったということになるのでしょうか。
それとも、賀茂氏が道案内をした?

(つづく)

「一目」と「八咫烏」については高句麗壁画(1)にて考察しています。
http://lunabura.exblog.jp/i187/
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by lunabura | 2013-09-09 22:25 | (タ行)神社 | Trackback | Comments(6)
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Commented by のら at 2013-09-10 01:11 x
るなさん、こんばんは(>_<)
まさかの『賀茂』の名前が出てくるとは、驚きです。

丁度、源氏・八幡を調べていたら応神天皇に告文を奏上した源頼信は河内に赴任していた事が判明。
しかも彼らの孫が有名な「八幡太郎義家」なんですが弟に「賀茂次郎義綱」「新羅三郎義光」がいます。三兄弟それぞれ元服した神社の名前が付いてるそうなんですが、三人が三人とも違う神社なのも不思議な話だなぁと思っていたら、まさかココで八幡と賀茂が一緒に出て来るとは思いませんでした。

謎は深まるばかりです(>_<)
Commented by lunabura at 2013-09-10 21:29
のらさん、こんばんは。
シンクロだらけですね。
ところで、河内ってどこの河内なんですか?
山口ですか?
北九州ですか?
八幡と源の関わりも、この先書く予定です。
少しずつ書いていくので、参考にしてください。
それにしても、三兄弟の名前がすごいですね。
Commented by 愛読者 at 2013-09-11 09:48 x
周代、戦国期の成立とされる『山海経』に、「蓋(がい)国は鉅燕(きょえん)の南、倭の北に在り、倭は燕に属す」とあります。
その物的証拠として燕の通貨「明刀銭」が沖縄や広島で発見されています。
「物」が伝わっているのだから「言葉」も伝わって当然かもしれませんね。
Commented by のら at 2013-09-11 22:20 x
るなさん、こんばんは。
河内は大阪です(>_<)
伝応神天皇陵があったりします。
Commented by lunabura at 2013-09-11 23:13
愛読者さん、こんばんは。
『山海経』にも、倭が出て来るのですね。
「倭」が燕に属していたというのも初めて知りましたが、今回の話と関わりはあるのでしょうか。
「渡来人」と、十把ひとからげにしますが、紀元前後はそれこそ、いろんな国が九州に来ていたようですね。
Commented by lunabura at 2013-09-11 23:15
のらさん、ありがとうございます。
ついつい、こちらに読み替えてしまいそうでした。
応神天皇と源氏の繋がりがあるとしたら、これまた深読みしそうです(^-^)
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