2013年 09月 20日
カノープスの和名(4)須賀星 話題は逸れてイクシスと魚のはなしに
カノープスの和名(4)
須賀星
話題は逸れてイクシスと魚のはなしに
朝倉甘木七日町にある須賀神社は須佐男命を祀る。境内の楠の古木は周囲10・4米、樹齢1680年である。
南人が天磐楠船に乗りついで、時には船木をけずり、樟(くす)の油に集まる魚を釣り上げて航海中の食とした歴史が今に生きているのである。
楠あるいは樟の別名を魚餌木(うえき)という。「ゆわくす」とは近東で魚をあらわすixis(イクシス)の訛りである。
須賀神社といえばスサノヲ神を祀る宮ですが、真鍋がこの宮を挙げたのは
諏訪星(カノープス)は須賀星とも言うことを伝えたかったためです。
話題が変じて、楠の樹齢が出て来ましたが、
真鍋は屋久島の杉の樹齢を計算して「縄文杉」と名付けた人です。
須賀神社のクスノキも何らかの方法で推定されたのでしょう。
南人(隼人)の天磐楠船の「天のイワクス船」とは「いくしす」(魚)の訛りだと言います。
クスノキで船を造るとその芳香に魚が集まる性質があることから来たようですね。
神功皇后関連の宮々でもクスノキの古木が各地で見られました。
クスノキを境内に植えるのは船材のためだと私は考えるようになりました。
クスノキから採れる樟脳は防腐剤として知られますが、
その香りが魚を集めたことを暗示する文が神功皇后紀にも出て来ます。
その働きから「魚餌木」とも言ったそうです。
魚の古代の発音「いを」「いゆ」は中国語の発音に近かったのではと思っていましたが、
さらにルーツを辿れば近東の「イクシス」がなまったものだと真鍋は言います。
「イクシス」が魚なら、キリスト教のシンボル「イクトゥス」を思い出さずにはいられません。
ローマ法王のかぶる帽子が「魚」を表現しています。
イクトゥス、イクトス、イクソス、(ichthys, ichtus、ギリシャ語: ΙΧΘΥΣ) は、弧をなす2本の線を交差させて魚を横から見た形に描いたシンボルである。初期のキリスト教徒が隠れシンボルとして用いた。
今日ではジーザス・フィッシュ (Jesus Fish) やクリスチャン・フィッシュ (Christian Fish) とも呼ばれている。
頭文字の符牒[編集]イクトゥスは、ギリシャ語で「魚」という意味だが、同時にΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ (ギリシャ語でイエス、キリスト、神の、子、救世主)の頭文字を並べたものでもある。(ウィキペディアより)
魚がキリスト教を暗示するのは、夢の解釈をしていて知りました。
夢に「魚」が出て来ると、「キリスト教」とか「瞑想」「潜在意識」のシンボルとして夢解きをしていきます。
誰から習った訳でもないのに、そのシンボルが出て来るから不思議ですね。
さて、話を戻して、続きを読みましょう。
魏志倭人伝に曰く、
男女生口三十人を献上す。
韓国済州島の海女を「まかり」と言う。昔は能登舳倉(へくら)から淡路岩屋まで季節を定めて出稼ぎにきていた。豊前企救(きく)和布刈(めかり)や筑前宗像鐘崎はその根拠地であった。
大陸民族は水を渡ること、あたかも戦々(恐々)として薄氷を踏むがごとくおそれるが、不老長寿の貴薬としての海藻(なまわかめ)、それから海肝(なまうに)の類は珍重するが、これを自ら衣を脱ぎ水にひたって採集することはできない。
そこで倭人の練達の士を召し抱えてこれに当たらせていたのである。「生口」(まかり)とは「なまめかり」と訓ずべき氏族であった。
魏志倭人伝に出て来る「生口」は「奴隷」などと訳されますが、
真鍋は海女や海士などのことだと言います。
志賀島に行った時、古代、干しアワビが朝廷への献上物だったり、
中国向けの輸出品だったりしたという話を聞きました。
海産物は不老長寿の薬として珍重されたのですね。
和布刈(めかり)という不思議な読み方も、それを採る海女(まかり)から来ているということになります。
(筑前宗像鐘崎 織幡神社にある海女の発祥地の碑)
伊予生名島(いくなしま)、安芸生口島(いくちしま)、肥前生月島(いきつきしま)はまさに生口(いきち)の故郷であったが、これがイクシスの方言に通じていることも不思議であり、倭人伝の一大(いき)、伊都(いと)、己百支(いほき)、伊邪(いや)、為吾(いご)の国名は大陸民族の音訳である。
魚を生きたまま泳がせて捕えおくところを生簀(いけす)というのはイクシスの派生語である。(『儺の国の星』p78)
「魚釣り」は「うおつり」と読まないといけないと志賀島で聞きました。
「いお」「うお」は生きた魚にしか使わないそうです。
「さかなつり」と読むと、死んだ魚になってしまう (・.・;)
イクシスの語の余韻は生きた魚が採れる地に付いて、生名島、生口島、生月島という表記になりました。
倭人伝に出て来る一大(いき)、伊都(いと)、己百支(いほき)、伊邪(いや)、為吾(いご)の国名も、そんな場所にあるというのでしょう。
一支国、伊都国はまさに島や海岸部にあります。
己百支(いほき)、伊邪(いや)、為吾(いご)という聞きなれない国も、海に面した所に求めよ、てことですね。
私達の使う何気ない言葉や地名も、語源が分からないものが、
こうして中東まで遡るとしっくり来ると言うのは、直観的に感じるものがあるからなのでしょうね。
さて、カノープス(スハヒル)は諏訪星の他に、須賀星、千早星、熊野星、湯納(ゆや)星、各務(かがみ)星、権現星、風早星とも呼んでいたそうです。
真鍋の話題はこのように、あちこちに話題が飛びますが、
今回は倭人伝の国名が出て来たので紹介しました。
そろそろ佐田神社の境内に戻りましょう。
(つづく)
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佐田神社4 カノープスの和名(3)諏訪星 スハヒル スサノヲ
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