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星の和名 亀蛇(きだ)考1

宇佐・安心院(36) 佐田神社6
星の和名 亀蛇(きだ)考1


再び佐田神社の境内に戻ってきました。
佐田神社1に載せた説明板の当地で「賀来一族が建設した反射炉」について、
のらさんからの、賀来千賀子さんが本の帯にコメントを書かれていたという話から、
賀来氏について検索すると、大神氏の一族だと書かれていました。


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これは当社の二の鳥居ですが、「善神王宮」と書かれていて、その柱の裏に

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「大神惟熊立」と彫られています。
大神氏は佐田村を根拠地としたとあり、ここは佐田郷と言いました。
それに加えて、佐伯氏とも一族だと書かれています。
まさに、原点に立っているのですね。
佐伯氏については、真鍋の本に出て来て気になったので、のちほど書き写しましょう。


さて、本殿の左にこんな石碑があります。
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石碑を支えているのは、か、カメ?
顔がとてもユニークです。
石碑の文字は「郷社 佐田神社」と書かれています。

佐田大神は佐太大神と同じと思われ、スサノヲで、星ならカノープスを指していました。
当社の祭神に素盞嗚尊が祀られているので、まさしく真鍋の話を目の当たりにしていることになります。

二の鳥居を建てた大神氏が鳥居の扁額に「善王神宮」と書いたのは、
一般では悪神ともみなされるスサノヲが本当は善王神なのだと
主張しているように思われる背景はスハヒル(カノープス)の物語を知ると納得できます。


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生き物をアップしました。

タイミングとは不思議です。
これを撮っているとき、横の人が「亀蛇」(きだ)だと教えてくれました。
亀の身体をしていますが、顔は蛇だそうです。
これを聞いて、私は「カノープス」にその手掛かりを求めました。
再び真鍋大覚の『儺の国の星』p78に戻りましょう。

「すさ」は方位の古語で東南、即ち辰巳(たつみ)(巽・せん)を言う。漢人の率土(そっと・陸地の果て)の倭訓である。

大陸の民族はその南東に展開する太平洋を恐怖のまなざしてみはっていた。黒水海河、即ち赤道海流に船を吸い込まれると、永遠に不帰の客として、死んでもなお海上をさまようと信じていた。

星を見て沙漠を渡る隊商は、西域の文明を黄河のほとりに持ち来たす存在として親近感はあったにしても、万里の波濤を星明かり一つをたよりにして漕いで来る民族は勇猛果敢、このうえもなきおそるべき民族であったことになる。

何か一つでも心に頼るところがなければ生きていくことが出来ぬ人間にあっては、無限の空間は、まさに最も過酷な地獄であった。これが須佐男命の背景にあった幻影にほかならない。

新羅から見れば、周防須佐は東南のかなたにある。そして、ここに永遠に放浪の恨みを輝かせる諏訪星(須賀星、須佐星)が上がっていたのである。

民族が国を捨てて、あるいは追われて東を目指す時、どんな道が待っていたのか。
密林を避ければ、太陽に焼かれた砂漠が広がり、
平地を歩こうとすれば川や沼地が行く手を阻んだことでしょう。

方角を教えてくれるのは、東から昇る太陽。そして夜に煌めく星々でした。
  泥にまみれて歩まねば生きていけぬ。
地を這いながら東を目指す姿は、夜空の豪華な星の光の中で、
地平線を這うように進むスハヒル(カノープス)と同じでした。

スハヒルの禍々しい(まがまがしい)光芒に恨みを重ねながら歩む人々は大地の果てまで歩き続けたのでしょう。

そして、最後に行く手を阻む蒼い海。
一歩進めば命を奪う海の向こうに約束の地があったのでしょうか。
果敢にも、人々はこの玄界灘を渡ってきたのです。

新羅から見れば、諏訪星の下に周防須佐があると言います。
この一文の深い意味を るなは まだ理解出来ません。

真鍋の文章を読むと、潜在意識に忘れ置いた長い放浪の歴史が思い起こされます。
かつて、NHKでシルクロードが初めて映像として日本に紹介された時、
喜太郎の奏でるメロディーとともに、心揺さぶられる思いをしたことを思い出しました。
シルクロードに対する日本人の憧れには放浪の日々の哀しみが隠されていました。

(つづく)


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佐田神社1 ここで大砲を鋳造したという 別名は善神王宮
佐田神社2 カノープスの和名(1) 諏訪星 
佐田神社3 カノープスの和名(2) 諏訪星
佐田神社4 カノープスの和名(3)諏訪星 スハヒル スサノヲ
佐田神社5 カノープスの和名(4)須賀星 話題は逸れてイクシスと魚のはなしに
佐田神社6 星の和名 亀蛇考1
佐田神社7 星の和名 亀蛇考2
佐田神社8 古代の安心院 水沼と蹈鞴の民の入植地


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by lunabura | 2013-09-24 22:26 | <星の和名・天文> | Trackback | Comments(6)
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Commented by くじら at 2013-09-28 06:38 x
おはようございます。宇佐安心院レポート、とても良かったです。
山口県の北の端石見の国近くに、須佐はあります。この溱こそ、高天原を追放され、新羅に渡った素戔鳴が、再上陸した場所。真鍋氏の一文はこのことを指していると思われます。
Commented by lunabura at 2013-09-28 21:28
くじらさん、こんばんは。
今回のトレッキングで御顔が見られなかったので、この記事が届いたらいいなと思っていました。
ご覧いただいてありがとうございます。

須佐の湊…再上陸…なるほどですね!!
現地には伝承とか、神社とかあるのでしょうか。
これでまた妄想が広がりそうです。  (^-^)

Commented by のら at 2013-10-01 00:21 x
るなさん、こんばんは。
いきなり、萩の須佐が出てきてドキドキです。
書きたい事が沢山あるのですが、時間がないです(ToT)
週末までお待ちを~(>_<)
たいした内容ではないですが(爆)
Commented by lunabura at 2013-10-01 21:43
うわっ、のらさんの縄張り ♪
楽しみにしています。 (^-^)
Commented by のら at 2013-10-06 22:38 x
るなさん、こんばんはです。
いえいえ、縄張りなんておこがましい(>_<)
萩の須佐は個人的には行った事もありませんしねぇ。

須佐は良く読む作家さんの本の中に広島の三次を囲むように三角形が出来る拠点の一点が須佐の高山と言う事で興味を持っていた位です。
高山は昔は『神山』と言われていたらしいですね。
黄帝社なる神社があるそうですが、ココも神様の変換があったようです(詳しくは判りませんが(ーー;))

調べるとあの辺りも火山帯の一部で高山の頂上部には『磁石石』という船の羅針盤を狂わせる石があるそうで、星を見る一族はあの辺りの航海は羅針盤を使う人達より達者だったのではないかなぁと思うわけです。

周防須佐と諏訪星のくだりも興味津々です。周防(すおう)は古では『すわ』と言われていたという説もありますしね。発音の関係とか何とか?
『すはう』だっけ?

私の生まれ故郷の防府市の市マークがその説を肯定していたりします(違うかな?)マークをバラすと通常「ホウフシ」になる筈が『ハウフシ』になるのですよ(*^_^*)


Commented by lunabura at 2013-10-08 00:16
のらさん、こんばんは。
むむ。
黄帝社、気になりますね。
今、ネットで一部を見ましたが、面白いですね。
くじらさんの話と併せて、新たな認識となりそうです。
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