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星の和名 亀蛇考2

宇佐・安心院(37) 佐田神社7

星の和名 
亀蛇考2


前回の話の中のポイントとして、東南の方角を「辰巳」と言い、「すさ」とも言ったという点を押さえて、
つづきを読みましょう。
                                     (『儺の国の星』p79)

附記
百人一首 喜撰法師(きせんほうし)(810~888)作
  わが庵は 都の巽(たつみ) しかぞ棲む 世を宇治山と 人は言ふなり

 平安の都から眺めると、南東は宇治の山なみが遠く大和の方に続いております。胡語でsyga(シガ)は故郷を離れた蒼氓を言います。
                     (「蒼氓」とは「民」という意味)
「しか」は普通「鹿」と解釈して、鹿が住む宇治山と考えますが、
真鍋が見ている風景は、別の暗喩に満ちていました。
「シガ」とは「故郷を離れた民」を示しているというのです。

伏見から深草あたりは、洛中洛外の人々の土器を生産しておりました。その窯を鶉(うづる)あるいは宇津屋(うつのや)とよびました。「うぢ」とはapuil(アヒル)あるいはobi(オビ)即ち元来は、遠く海の彼方にある活火山が天を焦がして、終日終夜噴火の雲と炎を挙げている光景であります。
「宇治」とは遠くの活火山が噴煙と炎を上げている光景を指す言葉で、
「宇治山」とは、火山の噴火のように窯の炎が上がっている山ということになります。

そうするとこの歌は、都の東南の山に故郷を離れた民が住んで土器を生産していて、
その煙が火山の噴煙を思わせるという状景になります。


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                               (桜島)

空に映る光はあたかも夏の夜の蛍のごとく、冬の夜の星の如く見えておりました。これをKethon(ケトン)と呼ぶこともありました。因幡の白ウサギがあがった気太(けた)の名の由来がここにあります。

Gidah(ギダ)は星の胡語でもありました。各地の休火山の総称になっております富士の不尽、即ち燃えて消ゆることなき大地の御火を表しております。溶岩や噴煙を辰巳すなわち龍蛇にたとえました。

又、金を溶かす坩堝(るつぼ)に風を送るには、鹿の皮を採りました。須賀星の妖しい光を公家は炉の炎と並べて眺めていたことが、この歌によく描写されています。

火山の御火(おび)は胡語の「オビ」から来ていて、
その姿が龍蛇(辰巳)に例えられたといいます。
一つの語が方角を指し、時間を指し、かつ蛇のような姿を指すという例です。

「しか」という言葉に関しても、風を送るフイゴは鹿の皮で作ったということから、
「蹈鞴の民」も暗示されていたということになります。
土器を作る民も、蹈鞴の民も遠い故郷を離れて宇治山に住んで、
一日中煙をたなびかせている光景が見えて来ます。

そして、この方向に須賀星(カノープス)が山の稜線を這っていました。

都から東南に見える煙と炎とカノープス。
そこには土器や鉄を生産する人々のムラがある。
これらが歌の背景に読みこまれていたことになります。
全く思いがけない光景ですね。



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そして、本題のGidah(ギダ)が出て来ました。
「ギダ」とは「星」の胡語だそうです。
この「ギダ」が「亀蛇」(キダ)に通じているのではないかというのが、るなの考えです。

真鍋の本の各所から「星」を表す言葉を集めてみました。

「すさ」はギリシャ語のAsteria(アステリア)、ローマ語のAstra(アストラ)、
英語のstartと同じく、星の古語であった。 『儺の国の星』p17 

「すさ」そのものも、「スター」などと同源から来ているといいます。

(キント雲の)「キント」は胡語のGiddaすなわち星の漢訳であり、特に砂漠を往来する隊商の目標である北極星を指しますから、北もこれに由来した言葉かとも思われます。
「はし」は「かし」と同じく、「ほし」の古語でありました。「あめのうきはし」とは彗星あるいは長星のことになります。
未婚独身の女人を「かしのみ」と描写しました、冷たく暗い夜空に輝く星は、皆一つ一つ離れ離れに光っているからであります。
遠い祖先は日月と五星の会合現象を「かしづく」と表現しました。 
(略)
「まつ」とは胡語のMahal(マル)すなわち星辰の意が潜んでいたことを知らねばなりません。松明とは夜の闇を照らす人工の燈火でありました。
(略)
「はしけやし」とは星空が手に取るが如く眺められる盆地の景観であります。「むらやま」とは祖先が天の慈しみと恵みを祈って、山頂に並べた神籠石のあるところであります。     『儺の国の星』 p19


バビロニヤ語でkakav(カッカブ)は星であった。神代には「かかち」あるいは「かかせを」であったから、前述のことば(※閣下・かっか)は地中海語と近東語の重合の形式である。
『日本書紀』 神代紀に曰く (略)
「服従しない者はただ星神・香々背男(かかせを)のみだった」
(略)
光明を漢字で赫(かく)、炯(けい)などと表現するが、いづれも西域古語Khada(カダ)の音訳にほかならない。
(※炯は原文では「燗」の造りの「月」が「日」となっているが、綾杉が変更)p8


豊前京都、筑前鞍手にかけて、石炭の古称に倉石が残っておりました。「くら」も「いし」も共に星の方言でありました。 p9

まだまだ、一部を書き留めたに過ぎないのですが、まとめました。
Gidah・Gidda(著者が目が見えないために誤植のチェックが出来ないので二種類の表記がある)

「ギダ」 → 「カタ」「ケタ」「カダ」「キント」
「カッカブ」 → 「カガ」
「マル」 → 「ムル」「マツ」
「スタア」 → 「スサ」
他に「カシ」「ハシ」
これらが「星」から派生した言葉です。

「根の堅洲国」(カタすくに)「気太」「蚊田」「丸」橿日(カシひ)
などの漢字が当てられ、これらが、みな星を語源としていることになります。

亀蛇(キダ)も「ギダ」から変化したと思われ、
当地の一族「賀来」(カク)もまた「星」だったのではないだろうかと思いつきました。

「星」は当然無限に存在しているのですが、蹈鞴の民にとっての「星」は
「カノープス」の記憶が一番大きかったということなのですね。

(つづく)




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by lunabura | 2013-09-26 23:35 | <星の和名・天文> | Trackback | Comments(0)
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