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八幡の謎(5)八幡は太白暦だった


八幡の謎(5)

八幡は太白暦だった

今日は、『儺の国の星』「羽白星(金星)」p175より。(一部改変)

八幡の由来について、昔から今に至るまで国学者は誰一人語りません。八幡とは太白暦の氏上(うじのかみ)でありまして、金星暦五年が太陽暦八年に満つ ところからその名が付けられたとの口碑がありました。

春秋左氏伝昭公十(前541)年から数えて暦数の大貳(たいに)千二年後の雄略帝6(462)あたりから八幡信仰が豊後宇佐の地で一斉に勃興しました。八幡の祠大月氏族の礼拝堂、霊廟あるいは耶蘇の教会の類を、後の人が神社に祭り上げたとこのことです。

なお採金錬金のところを馬上(まかみ)とよんでおります。豊前宇佐にその地名が残っております。後には宿場町として江戸駒込(こまごめ)のようになりました。※1


<八幡とは太白暦の氏上(うじのかみ)>である
「太白暦」とは金星暦のことです。金星暦といえば、マヤ暦が有名ですね。

「氏上」とは「古代における氏のかしら。氏を代表して氏神をまつり,氏人や部民・奴婢などの私有民をひきいて朝廷に仕えた」(学研キッズネット)

これらから、「八幡とは金星暦を持つ氏族の族長だ」ということになります。

<金星暦五年が太陽暦八年に満つところ>
私たちは太陽暦なので、一年は365日ですが、金星暦の一年は584日です。
太陽暦の8年と金星暦の5年は奇しくも同じ日数になります。
      365日×8年=2920日。
      584日×5年=2920日。
「八年に満つ」→「八 満つ」→「八満(まん)」→「八幡(まん)」と変化したというのですが、
これは金星暦でない人がそう呼んだということになりますよね。
太陽暦族とか太陰暦族が金星暦族をそう呼んだというのでしょうか。

この金星と太陽の現象を「五條八旗」と言ったそうです。

これについては、『儺の国の星』P241に書かれていました。

太白暦の五歳と太陽暦の八年は一致する。これを昔は五條八旗といった。後の方を八歳(はっせい)と写して八旌(はっせい)、あるいはその意を還して八幡と書いた。胡語のbag(バン)を倭約したものとみえる。

八旌の「旌」は「旗」という意味です。少しずつ言葉が変化するようすが分かります。
(こんな言葉が生活に関わる古代人って、なんだか想像つかない…よ)

更に天神八幡の信仰が合体すると、天満なる言葉が舟の集う湊の祠の在所の地名にあてられるに到った。

天神さまといえば、菅原道真公のことですよね。
天満神社がときおり摂社として見かけられるのですが、天神と八幡の合体なんですか。(驚)
「太宰府天満宮」とか、天神信仰に八幡信仰も重なっているということ?
(今は言葉の理解で必死です)


さて、冒頭の文に戻り、※1の続きを写します。

春秋左氏昭公十(前541)年から数えて暦数の大貳(だいに)千二年後の雄略帝(462)年あたりから八幡の祠は大月氏族の礼拝堂、霊廟あるいは耶蘇の教会の類を後の人が神社に祭り上げたとこのことです。

う~む。
文脈からは、八幡の祠とはもともと大月氏の礼拝堂やキリスト教の教会の形式だったのを、
神社の形式に変えて行ったということですよね。
つまり、八幡の祭祀はもともと大月氏やキリスト教の教会の形態だったということです。
(頭がヒートしそう)

大月氏と月氏を調べるか。

【大月氏】
匈奴(きょうど)に追われて西遷し、バクトリア(大夏)を支配した月氏の主力。のち、この地方に起こったクシャン(貴霜)朝をも中国では大月氏とよんだ。→月氏

【月氏】
中国の戦国時代から漢代にかけて、中央アジアで活躍した遊牧民族。民族系統は不詳。前3世紀ごろモンゴル高原の西半から西域、甘粛西部にまで勢力をのばしたが、前2世紀ごろ匈奴(きょうど)に追われ、主力はイリ地方へ、さらに烏孫に圧迫されてアム川北方へ移動し、大夏を征服して大月氏国を建てた。黄河上流域に残ったものは小月氏という。       (コトバンク)


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これはその当時の地図。(ウィキペディアより)
左上に「月氏」が書かれています。遊牧民族だけど、民族系統は不明…か。

今回の分をまとめると、
八幡の氏族は北方中国の遊牧民やキリスト教会の祭祀形態を倭国に持ち込んでいたと解釈できますね。
確かに、渡来人たちは自分たちの宗教を持って倭国に来る訳ですが、
5世紀ごろまでは、独自の形態を保ち続け、その後神道式に変化しということになります。

金星暦を持ちながら、倭までやって来た八幡族。
彼らは宇佐で星占いをして、倭人の心を掴んで行きました。
(つづく)




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by lunabura | 2015-05-12 22:43 | 八幡の謎 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 桜もち at 2013-10-13 23:11 x
やっぱり!
天満宮は「天神八幡」の略だったのですね~。

耶蘇教…『聖母と十二使徒』…かなり核心的な。
あ!それでシリウスの和名に「コプト」が出てくるのですかー。なるほどー。

次は何?誰?と毎回「わくわく」してます!
Commented by lunabura at 2013-10-13 23:36
え~。そうなんですか?
面白いけど、私にとっては霧の中ですよ (-_-;)
でも、誰かの役に立つならと頑張ってるので、
桜もちさんが楽しみにして下さるのは、励みになります。
是非、解説してね 。
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