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鹿毛馬神籠石に行ったよ


鹿毛馬神籠石へ行ったよ(1)

今日は木月剣神社の写真の撮り直しに行ったついでに、
鹿毛馬神籠石(飯塚市・かけのうまこうごいし)に行ってきました。

剣神社(鞍手郡)からは30分ほど。いくつもの川を渡って飯塚市に抜けて行きます。
遠賀川流域は干拓されて広い水田を人々が作りだしたと思うと、
先人の苦労がしのばれます。
今日は稲刈りの真っ最中。

鹿毛馬神籠石は見学しやすいという、皆さんからの情報で選びました。
確かに分かりやすかったです。

案内標識が出てき出すと、「おっ、川じゃん。」
川沿いに車を走らせて、対岸に次々と出て来る小高い丘陵にきっとあるぞ。

小さな橋を渡って、無舗装道路を登ると、駐車場もありました。

矢印が要所にありました。涼しくて別天地。

c0222861_20225088.jpg

石が長い!
高良山神籠石の2~3倍はあります。
高さは同じ感じ。か、ちょっと低め。

このあと、神籠石に沿って右に行って、あれれ?
(あれれ?が最近多い(-_-;))
広場にでちゃった。
水の音がする。
そこに、「水門跡」が。
へ、平地じゃん。

と、驚きの連続でした。
こんなの、城じゃない。守りようがない。
作業場に違いない。

結局、ほんの一部歩いて、外に出てしまいました。
山に戻る気力なし。
現地案内板に、情報が書かれていたらよかったのになあ。


そう思いながら、帰途につきました。
あまり時間が取れないので、詳細は先々に。
ズボンを見ると、草の種が…。
昨年は天草で何百と種をつけてしまい、捨ててしまったことを思い出しました。(´・ω・`)


るなさんのブログ見て、お出掛けの方も増えたようですが、
長そで、手袋、帽子、すべらない靴、など必需品ですぞ。

神社でさえ、御用心。
福岡の神社は照葉樹が多いので、落ち葉がすべりやすいです。
今日は、るなパパが山道でスッテンコロリンするのを初めて見たよ (@_@;)





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by lunabura | 2013-10-14 20:27 | にっき | Trackback | Comments(28)
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Commented by 筑後国造 at 2013-10-15 05:42 x
今週末の遠賀川流域の装飾古墳公開の時に、鹿毛馬神籠石に下見に寄ることにしています。いずれ、端から端まで見たくなるでしょうから・・・
参考になりました。
装飾古墳公開で見るのは、王塚古墳、竹原古墳くらいで、後は周辺の無名古墳や神社探訪の予定です。
古墳探訪には、時期がちょっと早すぎますので、神社中心になりそうですが・・・
るなさんが紹介されている神社を参考にさせていただき、計画を練っています。
Commented by lunabura at 2013-10-15 23:00
筑後国造さん、こんばんは。
装飾古墳公開の季節ですね。
熊本の古墳をみたいなと、思案していますが、スケジュールが込みすぎるかなと、あきらめ中です。
鹿毛馬神籠石は、意外に小規模なので、1~2時間で回れそうな印象でした。
駐車場が二か所あるのですが、橋を渡って登ったところの方が、入口が明確なようです。
神籠石に出て、右に進むとまもなく水門跡のある、道路際に出ます。
全体のレポート楽しみにしています。
Commented by のら at 2013-10-15 23:07 x
るなさん、こんばんは。
鹿毛馬神籠石行かれたんですね♪
私は横を通るくらいしかしてません(>_<)

確か、飯塚歴史資料館にミニチュアの説明付きの模型があったような?
Commented by lunabura at 2013-10-15 23:24
のらさん、こんばんは。
私の方が先になったのですね^^
高良山神籠石とは全く違うものに思われました。
こじんまりとして、探査しやすそうでした。
百聞は一見にしかずですね。
あれは山城ではありませんでしたよ。


Commented by ハコガメ at 2013-10-15 23:38 x
ハチに刺された(T . T) 昨日、雷神社に参拝に行きました。雷山の千如寺を過ぎて右側にありましたね。このブログの写真を見て趣のある神社だな〜!と思い出かけました。氏子さんが境内の掃き掃除をしておりましたが、本当に雰囲気の良い神社でした。
駐車場の向いに祭祀場があると聞き行ったのですが、スズメ蜂に刺されちゃいました。(>_<)

ルナさんから服装の件で指摘があったように、まだ日中は暑いし蜂だけでなく神社や山に行く時は十分注意しないといけませんね。
今日はもう大丈夫です。
Commented by lunabura at 2013-10-16 00:16
ハコガメさん、こんばんは。雷神社の磐座の所ですか?
大変でしたね!!
実は、私も刺されちゃいました。安心院でです。
皆さんに援けられて、大事に至りませんでしたが、目の近くでした (+_+)
自然が多いところは、脅威もいっぱい。
ですね。
Commented by 桜もち at 2013-10-16 20:33 x
るなさん、こんばんは。

…妙というより、もはや『謎』でしょ?(笑)
いやぁ~逆に、この一帯の地勢を読み、この場所に山城建設を指示した「軍師」に興味津々ですよ!もしや敵のスパイだったとか!

で、本当に謎なのが…この鹿毛馬(かけんま)地区からは弥生の遺跡が出ないらしい…周囲には古墳は点在しているようなのですが。まだ詳細に調べてないのです…ちょっと「景行天皇」が気になって調査保留中。
Commented by 桜もち at 2013-10-16 20:35 x
ココからは「鉄塊」も出土してたようですし、やはり「馬上と駒込」なのでしょう。
…と、なると「馬見」も再検討しないといけないようですね。う~ん、やっぱりかぁ。

因に、上毛町の唐原はココと似てるようですね。排水は暗渠式、標高80mクラスの丘陵地、中腹に建築物跡、但し、土塁は版築工法ではなく、ただの盛土(工期が短かったのか?施工主から工費を値切られた?←冗談です)、しかし何故「谷部」の調査報告がないのでしょうか…。
Commented by lunabura at 2013-10-16 21:55
桜もちさん、こんばんは。
コメントと私の投稿が同時だったようですね。
おっしゃる通り、標高80mで、王の居館を守るにはオープン過ぎますね。
「鉄塊」が出ているのですか?!
谷部(平地)の調査報告は「飯塚市教育委員会」のがあるようです。
問題は、考古学会がわざわざ「神籠石系山城」と、最近名称を変えた点にもありますね。
何も知らない時は、「そうなんだ」と思いこみましたよ(汗)
Commented by lunabura at 2013-10-16 21:56
追加です。
確か、ここには神武天皇の伝承がありませんでしたっけ?
Commented by ハコガメ at 2013-10-16 23:08 x
ルナさんも刺されたんですか? (>_<)
気を付けないといけませんね。雷神社の磐座を捜してたのですが、分からず駐車場の向いにコンクリートの階段を登った小山にありました。

このブログで紹介されてた磐座は鳥居の向いの階段を下った所だったんですか? 私はそこは行きませんでした。(T . T) 次回の楽しみにします。
Commented by 桜もち at 2013-10-16 23:23 x
最新報告書があるのですね!
私が閲覧した報告書には、平地は鉄塔周辺と水門付近のみの調査とあったので…失礼しました。飯塚の図書館にいってみます。「鉄塊」は古い頴田町誌に写真が掲載されています。

神武天皇の伝承は…えーと…るなさんの「日若神社(4)」の記事に詳細が…。
…てっきり前回の記事にある「馬上と駒込」との関連で鹿毛馬を話題にされたのかと。すみません。
Commented by 桜もち at 2013-10-16 23:45 x
あー私も追加です(笑)。

るなさんが使用された駐車場付近から登った中腹に「牧野神社」があったようです。

昔、勢田出身の方に「彼処は禁足地やったき、近づかんほうがいい。」と言われたことがあり、一度だけなんですよー踏査したのは。その方には既に入ったことは言えませんでしたが…(笑)。ウチからだと車で15分もかからないのに…。
Commented by lunabura at 2013-10-16 23:54
ハコガメさん、そうなんですよ。><
雷神社の磐座は小山の上にもあるのですか?!
そちらが、神功皇后の史跡かも知れませんね (・.・;)
雷山神籠石の入口にも近そうですね…。
Commented by lunabura at 2013-10-17 00:01
桜もちさん、実は報告書があるかどうかは未確認です。
私が見たのは「古代山城サミット実行委員会」(大野城市)のパンフレットです。
そこに、飯塚市教育委員会提供の発掘写真が載っていました。
次回、その写真を掲載しましょうね。

「牧野神社」は確かにありましたが、急斜面の山道を登った所にあります。
行かなかったんですよ。
私の(2)の記事に出て来る石祠がそれかもしれないと、あとで思ったのですが。
筑後国造さん、出来たら確認してくださいませ~。

この神籠石が禁足地とされていたとは、いかにも、ありそうですね。
Commented by 桜もち at 2013-10-17 00:16 x
その方の話では「目がつぶれる」とか「脚が悪くなる」と言われていたようです。

しかも!
地元の人は神護石を「牧の石」と呼んでいたらしいですよ。
Commented by ハコガメ at 2013-10-17 23:10 x
雷山神籠石も近くでした。今回は蜂の邪魔があり、行けませんでしたが‥。祭祀場は小山の上に大きな岩ではなくて直径30〜50㎝位の石を積み上げた物が二つありました。写真を撮ってきてますよ。よければ送りましょうか?
それと、春日市小倉3丁目にある住吉神社に神功皇后の伝承がありましたよ。

Commented by lunabura at 2013-10-17 23:13
地元の人の話は面白くて、しかも示唆に満ちていますね!
製鉄の民がいなくなったあと、牧に再利用されたかも知れませんね。
ここは、神武と鉄と三女神(厳島神社)で、安心院と同じセットがあるような気がしてきました。
厳島神社に行けば三女神の宮は完結するかもと思ったのですが、桜もちさんはどう思われますか?
Commented by lunabura at 2013-10-17 23:25
ハコガメさん、こんばんは。
雷山神籠石の案内板を横目に見ながら帰りました。
仲哀天皇と神功皇后の下山コースということで、是非とも踏査したいです。
磐座の写真、よかったら、送ってください。
サイドバーの「メールはこちら」でお願いします。
画素数を小さくすれば添付できるようですが、ダメな時はまた連絡します。
住吉神社の伝承も教えてくださいね。 (^-^)
Commented at 2013-10-18 16:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2013-10-18 20:58
非公開さん、ありがとうございます。
当方からメールを送りました。
言語が上手く判読できなかったら、また教えてください。
(文字化けするかもしれないので)
Commented at 2013-10-18 21:55 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2013-10-19 22:18
非公開さん、御手数かけています。
もう一度メールを送ってみました。
ダメだったら、済みません、サイドバーのメールに添付なしで送ってみてください。
のちほど、こちらから、連絡します ^^;
Commented by 桜もち at 2013-10-19 23:02 x
るなさん、こんばんは。

最近では、民間伝承・敗者側の伝承・発掘調査資料に『真実』があり、真鍋氏の伝承が其々を補完するのでは…と考えるようになりました。

真鍋氏のいう「宇佐の馬上」とは「馬城峯」(例の『ドロボー扱い』の話は『日本の神々 谷川健一著 P262』に記載がありました…すみません。)のことを指すと思われるので「牧」は「馬城」で、この場所にはPASTUREは無かった可能性も…。
私も「安心院と同じ」という印象を受けます。神武・鉄・三女神+「景行天皇」ですが…。
Commented by 桜もち at 2013-10-19 23:04 x
「三女神の宮」についてはわかりませんが…日王山については、厳島神社よりも金田町側の飯土井神社のほうが「鍵」になると思います。但し、この神社の前の道は「道真公」の伝承もあるので「日神」については疑いをもっています。

三女神の謎を解くには彦山の伝承が「鍵」ではないかと思っています。…たぶん。
Commented by lunabura at 2013-10-20 00:00
桜もちさん、こんばんは。
敗者側の伝承に関して、今日同じように考えていたところでした。また、真鍋氏の伝承はそれを理解するために参考にしています。
馬上はネットで探して出て来なかったので、小字かなと思ったのですが、馬城峯というのがあるんですね。それで思い出したのですが、倭人が伽耶あたりで鉄を取っていたのも、その地名に「馬」がついていたような。スズ鉄の風化地層だと真鍋が言っていたと思います。
考古学の先生の話では、鉄とは鉄鉱石で、まだ出土していないという話でしたが…。
猪や馬の地名は銅や鉄などの出る所を暗示していませんか?

三女神のアドバイスありがとうございます。
言われた所を必ず調べてみましょう。
Commented by 桜もち at 2013-10-20 21:47 x
地名ですか…あ!国東半島は「猪群山」もあるし「砂鉄」も有名ですよ。
私は、神獣等は氏族のトーテムで…「馬」=「龍馬」で『船』の類いのものを表し、海人族のトーテム。「猪」については「鉱夫」のことかとも思っていたのですが…「五十」や「磯」の『い』の氏族のトーテム(和気清麿を助けた「猪集団」と、日本の祭りの「亥の子」が気になるので…。)の可能性もあるのかな…と考えていたのですが、違うようですね。

最近では、古代と「祭り」の関連性も調べています…。際限のない世界(古代)に踏み込んでしまったようです(笑)。
Commented by lunabura at 2013-10-20 23:48
そう、際限ない世界ですね…。
気にし出すと、「猪」のついた地名が結構ありますね。
当てずっぽうでも、メモをしておくと、あとでヒントになったりするので、
ちょいと書いておきました。
祭もまた、大事ですね。
今は目をつぶっています。
範囲が広すぎる…。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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