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高良御子神社(5) 「九躰皇子」と「竹内宿禰の九人の子」はどうなのだ?


高良御子神社(5)

「九躰皇子」と「竹内宿禰の九人の子」はどうなのだ?


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(高良御子神社から高良下宮社へ向かう神輿)

前回は当社にある「竹」のシンボルから、当社では九躰皇子の父・高良玉垂命は
竹内宿禰と暗示しているのではないかと推測しました。

「皇子」という表現からは父は「天皇」クラスの人と考えられていたことが伝わってきます。

竹内宿禰の時代は弥生末期から古墳時代にかけてと推測していますが
その当時、倭には数十以上の国が有り、その内の三十国が中国と直接外交取引をしていたと中国正史には書かれています。

それぞれのクニに王がいるのですから、竹内宿禰も当然「王」だったと考えられます。
竹内宿禰を祀る神社の分布の広がりから考えると、
北部九州で広範囲に影響力のあるクニの王だったと思われます。

後に天皇という名称が生まれるわけですが、仲哀天皇・神功皇后もまだ天皇でなくて
クニの王だった時代、この二人の筑紫行をサポートした人物が竹内宿禰でした。

高良玉垂宮に残る伝承からは、新羅戦の凱旋後、竹内宿禰はこの高良山に住んだことになっています。
神功皇后の妹・豊姫を妻としたのなら、二人の間に九人の子をなしたというのが、
自然の解釈となります。
これが真実かどうかは分かりません。

記紀からは竹内宿禰は近畿と九州を往復したという状況が伺え、
また神功皇后が皇太后になってからの摂政時代をもサポートしています。

そのようすは高天原で高木の神がアマテラスをサポートするようすとそっくりです。
この時点で、忌宮神社を奪還したのちの記紀は、捏造があるだろうと考えています。
神功皇后が百歳になるまで現役で政治をするのは無理だと思われるからです。

竹内宿禰も、さらに百年、二百年後にまで活躍した話となると、
るな探偵もさすがにお手上げです。

一方、『高良玉垂宮神秘書』では、神功皇后が九人を生んで、
父は仲哀天皇と物部保連なのですから、これはもう付いていけません。


神功皇后は高良山にやって来たという話もあるようですが、
まだそれを書いたものには直接出会っていません。

以上が、九躰皇子を考えるときの状況というか課題です。



そして、一度はやってみたかったこと。
それは九躰皇子と『古事記』の建内宿禰の九人の子との対照です。

九躰皇子って、ざっと見ると、全員男子です。
(高良大社の宝物殿での読み方は、九人目は姫とも読ませていたような)


1 斯礼賀志ノ命神(シレガシ)
2 朝日豊盛ノ命神(アサヒトヨサカリ)
3 暮日豊盛ノ命神(クレヒトヨサカリ)  
4 渕志ノ命神(フチシ)
5 谿上ノ命神(タニガミ)、
6 那男美ノ命神(ナオミ)
7 坂本ノ命神(サカモト)  
8 安志奇ノ命神(アシキ)  
9 安楽応宝秘ノ命神(アラオホビ)


これに対して『古事記』では建内宿禰の子は「七人が男子。二人が女子」と明記されています。

1 波多の八代の宿禰(波多臣、林臣、波美臣、星川臣、淡海臣、長谷部君の祖)
2 許勢の小柄(おから)の宿禰(許勢臣、雀部臣、軽部臣の祖)
3 蘇賀の石河の宿禰(蘇我臣、川辺臣、田中臣、高向臣、小治田臣、桜井臣、岸田臣らの祖)
4 平群の都久の宿禰(平群臣、佐和良臣、馬御機連らの祖)
5 木の角(つぬ)の宿禰(木臣、都奴臣、坂本臣の祖)
6 久米のマイト姫
7 ノノイロ姫
8 葛城の長江のソツビコ(玉手臣、的臣、生江臣、阿藝那臣らの祖)
9 若子(わくご)の宿禰(江野財臣の祖)

対比すると一目瞭然。名前に共通がありません。
ただし、名前は実名が伝わっている訳ではないので、違っていても問題ありません。

一つ、どうしようもないのが、性の違いです。
これが乗り越えられるかどうかは、一つの山です。

そのために、両者を結び合わせる事を肯定する説と否定する説の両方が見られました。

るな的には、そもそも、『古事記』に書かれている九人の子が、
古代社会の豪族を殆どを網羅し、竹内宿禰がそれらの祖となっている点に対して、
捏造があるのではないかと疑っています。

でも、否定する資料もないので、そのまま話を進めています。
しかし、正直ずっとモヤモヤしたままなのです。
ただ、捏造だとしても、豪族たちが竹内宿禰の末裔であることにステイタスを求めている
という点は明らかで、竹内宿禰の存在の大きさを証明していているのは疑えません。

「『古事記』に書かれた九人」と「九躰皇子」は同一兄弟なのでしょうか。
違うのでしょうか。
今の段階では答えは出ません。


しかも、驚いたことに、この神社は安曇氏が守っていたというのです。

(つづく)







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by lunabura | 2014-03-21 23:39 | 高良御子神社 | Trackback | Comments(6)
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Commented by toyotamahime at 2014-03-28 22:23 x
「竹」シンボルの話題でふと気になる事を思い出したのでコメントさせて頂きました。夢の中の話なのでさらっと流して頂けると幸いです。

昔おつきあいをしていた柳川在住の男性の夢を久しぶりに見たときに、私は空を雲のように飛んでいて、神職の着物を着た男性が地面から私に向かって手を振っていました。
その時私は意味不明な言葉を言い放ちました。
「ああ、そうだったんだね。ワカタケ神社の宮司だったんだ~」と
それから福岡県の地図でその神社の所在を探しましたが見つかりませんでした。
「竹」つながりです(笑)本当に無いんでしょうか。。。気になります。
Commented by lunabura at 2014-03-28 23:44
おひさしぶりです。
「わかたけ」を入力変換したら、「稚武」になっちゃいました。
稚武王=志式神社の祭神
そんな連想もあり?
サイドバーの検索欄に「わかたけ」か「稚武」を入力してみてください^^
Commented by toyotamahime at 2014-03-29 16:49 x
お返事ありがとうございます^^
稚武王・・・という着目点もアリですね。
もうちょっと調べてみようと思います。
たけ・・たけ・・すごく気になります(笑)
Commented by lunabura at 2014-03-29 17:36
分かったというか…。
勝手ながら、私の方で利用させていただきます。
何がって?
今書いている本、竹内宿禰の話、一部省略しようとしたのですが、
ちゃんと書くことにしました。

toyotamahimeさんへの答えにならず、ごめんなさいね ^^
Commented at 2014-04-03 13:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2014-04-03 21:28
どれもこれも、古来、謎とされているテーマばかりですね。
竹内宿禰はいつか全貌が明らかになればと思っています。
スケールが大きすぎて、調査範囲も膨大です。
一緒にワクワクしましょう^^
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