ひもろぎ逍遥

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今日は皐月宮から熱田神社へ


皐月宮と熱田神社参拝

昨日、新たな縁を得た「カフェ美葉」(古賀市)。
そこでの話題は水沼の君と三女神と宗像族の話にも及びました。

何度か書くけど、私の仮説は
「みぬま方」(水沼様)→「むな方」(宗像=水沼様)ではないかというもので、

ありなれ川(筑後川~三笠川)の道主貴である三女神は、水沼族が奉斎している神で(日本書紀)
3世紀に水沼族が神功皇后を支援して船を玄海灘に運航させて新羅に遠征したのち、
褒賞として、玄海灘に拠点の湊を複数個所貰ったというものです。

これからの課題は二女神が三女神になっていった過程を明らかにすること。
それは英彦山での二女神と大己貴の結婚、そして市杵島姫と物部氏の結婚
が手掛かりになっています。
また宇佐の安心院の三女神社(二女神社)に筑紫の君水沼の名を残すことも手掛かりです。

そして、今日はユキさんから電話がありました。
宗像の皐月宮と宇佐八幡宮が同じ祭祀形態を持っていると。

皐月宮は宗像大社の元宮ではないと噂されている宮です。
宗像と宇佐は比売神という点でも繋がっています。

比売神が誰なのか。今の所、三女神以外の手掛かりは出て来ていません。


「今日、行きませんか?」
「そうですね。行きましょう」
スピードが速くなっている、と昨日書いたばかり。
今は動く時。
そう思って、青い宇宙船号に乗せてもらって出かけました。



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皐月宮はやはり一人では見つけることが出来なかったかもしれません。
古式のままの祭祀形式で、とても清らかな聖地でした。

そしてこんな会話に。
「磐井の関連の本を書きあげたところよ」
「そういえば、熱田神社の縁起に磐井の名がありましたよ」
「え?鞍手に?」
「資料を貰いました」
「それ見たい」
「どこにあるかな…。今から行きますか?」
「今から?行きましょう」
もうこの流れに乗っちゃえ。
予定変更して鞍手の熱田神社へ。

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そして宮司さん宅で系図を見せていただきました。
金川宮司家は鞍橋君(くらじのきみ)の子孫。
そして鞍橋君は葛子の子。
すなわち磐井の孫。
(ただし、系図の横に、葛子の弟?という注あり)
金川家は物部氏ではないそうです。

磐井―葛子―鞍橋

その鞍橋はコトバンクによると
?-? 6世紀の豪族。
筑紫国造(つくしのくにのみやつこ)。欽明(きんめい)天皇15年(554)百済(くだら)(朝鮮)王子余昌が新羅(しらぎ)(朝鮮)にきずいた山城久陀牟羅塞(くだむらのそこ)(慶尚北道北西部)が新羅軍に包囲された際,弓矢で奮戦し余昌を救出。このとき矢が鞍の前後の橋(くらぼね)を射とおすほどの力があったため,余昌から鞍橋君の名をあたえられたという。
磐井の乱後、葛子は王朝奪還のために蜂起。
しかし兄弟の北磐津は敗北。
ところが数年後、麁鹿火(あらかひ)が死去。
それからのち、宮地嶽が中心になって繁栄したもよう。
時代は祭神の勝村・勝頼の時代へ。

その兄弟の鞍橋が百済王子余昌(威徳皇)を救出。

これって、矛盾が無い。

また現れた新事実。
出来あがったばかりの原稿に反映する?どうする?
この時代、全く知らない。

そんな新しい悩みが生じて悩んでいたら、ユキさんの次の予定の時間を大幅に超えてしまい、
とんだ迷惑を掛けてしまいました。

あ~あ。失敗。






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by lunabura | 2014-06-14 22:28 | にっき | Trackback | Comments(0)
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