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十握剣と天叢雲剣の行方



十握剣と天叢雲剣の行方


今回は、歴史カフェ「七支刀」に来られる方への予習編です。
(^^♪

歴史カフェでは「七支刀」の環境についてお話しするのですが、
ブログでは触れたことのない内容で、
初めて話す話ばかりなので、聞いていて頭の中が混乱するかも、です。


そこで、今日は、理解するための下地として、
「十握剣と天叢雲剣の違い」と、
「その行方」について予習をしておくことにしました。

参加される方、一応頭の中に入れておいでくださいね。
覚えなくていいです。
そんな感じかあ、とでも思っていただければ。

カフェに参加できない方も、楽しんでください。




十握剣と天叢雲剣

素戔嗚命(すさのお)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治しました。
この時、素戔嗚命が持っていたのが「十握剣」(とつか)です。
そして、八岐大蛇のしっぽから取り出したのが、
「天叢雲剣」(あめのむらくも)です。





天叢雲剣

素戔嗚命は天叢雲剣を天照大神に持って行きます。
天照大神はニニギの命が降臨する時、その剣を手渡しました。

そののち、天叢雲剣は天照大神を伊勢神宮に祀った倭姫(やまとひめ)から
甥のヤマトタケルに渡されます。


ヤマトタケルは敵に火を放たれた時、その剣で草を薙ぎ払ったので、
その剣は「草薙剣」と呼ばれるようになりました。

ヤマトタケルはその剣を宮簀媛(みやずひめ)に預けます。

そして、ヤマトタケルが戦死したのち、
宮簀媛は熱田神宮を建てて草薙剣を祀りました。



それから数百年後。
天智天皇7年(668年)に新羅僧の道行がその剣を盗み出しました。

その剣は鞍手の古物神社に降ってきました。
そこで古物神社に大切に祀られました。

それから、福岡県岡垣町の高倉神社に届けられました。

高倉神社では草薙剣の七口のコピーが作られ、七つの神社に配られました。
八つの神社は八剣神社と呼ばれるようになりました。





十握剣

一方、素戔嗚命が持っていた十握剣は、天照大神とのウケヒの時、
天照大神が三つに折って噛み砕きました。
その息吹から三女神が生まれました。

その三女神の降臨の地は鞍手の六ケ岳
あるいは水沼族の祀る久留米の赤司八幡神社とも言われています。

『日本書紀』には「三女神は水沼の祀る神」という話も載せています。

以上、予習でした^^


『神功皇后伝承を歩く』を持っている方は、


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11 高倉神社

17 剣神社


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18 古物神社

56 赤司八幡神社

を読んでみてください。
さらに楽しめると思います。(^^♪







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by lunabura | 2016-05-26 21:35 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(0)
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