ひもろぎ逍遥

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ことのかたり 田原麻瑠


ことのかたり

田原麻瑠
たばらまる 


ワシの子供の頃は、山から鬼が降りて来ては村人をよくさらっていた。
鬼たちは山で金やら鉄やらをこしらえていたらしい。

さらわれるのは女だけではない。
男もさらわれては死ぬまで穴の中で働かされると聞いていた。


だから、景行天皇が来て、鬼たちをやっつけてくれてからは、
ワシらはようやく安心して暮らせるようになったんだ。

その御子のヤマトタケルさまも残りの鬼たちを退治したが、
タケルさまご自身が早くに亡くなってしまった。



続けて、その御子の仲哀天皇が来られた時には、
ワシも成人していたから、是非ともその軍に加えてほしかったんだが、
仲哀天皇もまた亡くなってしもうてのう。



ところが、そのお后様の神功皇后が天皇の意思を継いで熊襲を成敗したうえに、
新羅を成敗すると聞いたもんだから、
ワシは飛んで行ったさ。

この鷹羽(田川)の田舎は、ワシの力を発揮するには少々狭いでの。



海を渡っての戦いだ。
ここら辺の小さな舟ではなく、たいそう大きな船だと聞いた。
海とはどんなものか、一目見たかったしな。

だがな。
海はしんどかった。
波があってのう。

生きた心地がしないというのは、あんなことを言うんだなあ。




皇后さま?
それはそれはお美しい方だった。

肌が白くて、蝋のようだったぞ。
ここらの女にそんな白い者はいないで、びっくりしたさ。


戦いから戻って皇后がお産をされた時、
その産屋を八人の兵士が白旗を掲げて守ったというが、
その一人がこのワシだ。

12月も終わりの頃で、それは寒かったさ。
凍えた手で持つ旗竿は氷のようだった。

しかし、大きな産声を聞いた時は、男のワシでも涙が出たさ。



皇后さまが皇子さまを抱いて輿に乗って聖母宮に向かわれる時には、
ワシ等は白旗を掲げてお守りしたものだ。

音楽隊も誇らしげに音を鳴らしていたぞ。
音楽隊は武内宿禰さまの楽隊だ。


春、雪解けを待ってショウケ越えをした。
あの山道の厳しさは今でも語り草だ。




皇后さまは大分(だいぶ)宮で軍隊を解散されたが、
ワシはすぐには帰らなかった。
ずっとお傍にお仕えしたかったからな。

だから、再び豊浦宮へ戻られる時も、旗を掲げてお守りしたさ。
他の武将たちも、分かれ難くて、飯塚までお供していたな。


ワシが鷹羽に戻ってくると、皆が迎えてくれてビックリしたさ。
ワシは英雄になっておった。

どうだ。この白旗。
今でもワシの宝だ。



家宝にして、子々孫々、伝えることにしたぞ。





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『神功皇后伝承を歩く』上巻16




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by lunabura | 2016-06-27 20:13 | <ことのかたり> | Trackback | Comments(0)
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