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ひめちゃご13 中大兄が祈った太神宮は春・秋分ライン祭祀だった



ひめちゃご13

中大兄が祈った太神宮は
春・秋分ライン祭祀だった
 




中大兄皇子が乞食の相を果たすために西国で修行した時代、
みやま市(旧山門郡)太神(おおが)の長島(おさじま)に来て、
ひもろぎを立てて東から昇る太陽を祀ったという。


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これがその拝殿だ。太神宮という。
日足紋が白く輝いている。
この宮の祭神は天照大神だ。


この彫刻の豪華さはやはり天智天皇ゆかりということから来るものだろう。

白村江の戦いで捕虜になった筑紫三宅連得許(とくこ)が帰国して宮を建てたという。

帰国年は天武天皇13年。
21年ぶりの帰国だったが、中大兄皇子はすでに鬼籍に入っていた。

さて、生前、中大兄皇子の滞在地はここから南西400mほどの所にあった。
そこを釣殿宮という。






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これは太神宮から釣殿宮を撮ったもの。中央より左寄りの杜が釣殿宮。
目と鼻の先だ。










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これは釣殿宮の参道に掲げられていた説明板。
住民が腹赤の魚を釣って中大兄に献上したことから、腹赤宮ともいう。












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その拝殿の横から東を撮ったのがこれだ。
前回、掲載した画像だが、どうやら見えているのは松尾弁財天近くの山なのだ。

そこで、チェリーに調べてもらった。以下はメールの一部である。




<少し長くなりますが、ショッキングな結果となりました。
添付の地図を御覧ください。>


c0222861_21451675.jpg

(この地図は国土地理院発行の2万5千分の1地形図(野町)を使用しています)

< 「松尾弁財天」の上流の一つは左上の溜池になります。
その左下に「430.3mのピーク」があります。
名前はわかりませんが、松尾弁財天はこの山の中腹にあるといってよさそうです。

私のサイトでは、この430.3mのピークが松尾弁財天を代表できると考えます。
このピークが釣殿宮からほぼ真東に見えるのです(89.87°)。
それも、きれいな三角の形に見えるのです。(※ピークから釣殿宮は269.92°)
私は±0.25°までをOKとしていますので、東西関係にあるといっていいでしょう。>


ー松尾弁財天と関わりがあると判断された430.3mの山の名が不明だ。
ギンが調べた大浦山がこれだろうか。
あるいは393mの山も南にあるので、特定できていない。








<カシミールの画像を2枚添付します。

c0222861_21461866.jpg









もひとつ、これは参考までに、釣殿宮から真東に更に進むと「小国両神社」になりました(90.03°)。
小国両神社は仏頂山(元宝満)から正確に南東になります。ラインは「マテラ山」の真上を通ります。
やはりマテラ山がポイントになると思うのですが、このあたりは私のブログで書きますね!>







c0222861_21463920.jpg

この「430.3のピークの奥に松尾弁財天があり、
春分と秋分の日にはここから朝日が昇ることになる。

つまり、釣殿宮は中大兄皇子が来る以前からの祭祀点だったと考えられる。

そして、さらにチェリーが調べた結果、思いがけないことに、
太神宮からは秋分の日の出が観測できるというのだ。

<では、「太神宮」の位置は何を意味するのか?

太神宮から東を眺めると、「430.3mのピーク」は
東からかなりずれてしまいます(91.2°)。
直接「松尾弁財天」への角度をとっても 90.7°です。
私のサイトではNGになってしまいます。
カシミールの画像を御覧ください。









c0222861_21474087.jpg

でも、このずれ方に見覚えがありました。
そこで、今年の秋分の日(2016年9月22日)の日の出を写してみたのです。









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秋分の太陽はこのピークから昇りました。

太陽信仰だったのです!!>



これは驚愕だった。

中大兄皇子はその地点を聞いてここまでやって来た可能性が大きい。
「太神宮」とはまさに天照大神の祭祀そのものだった。


中大兄皇子を迎え入れたここ、長島(おさじま)は物部の里でもある。
弥生からの邑のようすが残ると思われる貴重な地域だが、
古代祭祀点が平地にそのまま残っている驚異の地だった。










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by lunabura | 2016-09-09 21:52 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(15)
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Commented by 筑後国造 at 2016-09-10 08:29 x
この430.3mの山は、犬岳です。立花町の遺跡地図に載っています。
Commented by lunabura at 2016-09-11 16:28
おお、名前が判明しました。
ありがとうございます!
Commented by チェリー at 2016-09-12 00:30 x
筑後国造さん、ありがとうございました。
これから「犬岳」と呼ぶことにいたします。

「犬岳」から秋分の日が昇るのは「太神宮」です。
秋分の日も、春分の日も、ここから昇る太陽を拝んだと思います。
ただ、数値で計算された画像ですので、実際に見てみないと何ともいえません。
でも、ダイヤモンド富士の撮影ポイントを探すのに、皆さんが「カシミール3D(フリーソフト!)」を使われますので、OKだと信じています!

「釣殿宮」は「犬岳」がほぼ真東に見える位置にあります。
秋分・春分の日は、地平線からであればほぼ真東から太陽が昇るのですが、太陽は斜めに昇りますので、山の上端に達するまでにずれてしまうのです。「釣殿宮」から見て「犬岳」から日が昇るのは、別の日になってしまいます。
ですから「釣殿宮」は、天体の運行ではなく、測量されて真東に「犬岳」がくる位置に設営されたと思います。

「太神宮」のように、二至二分の日出・日の入りを祈るのは、星とか宇宙とかに祈るものだと思います。
「釣殿宮」のように、方位によって定められるポイントは、大地とか地球とかに祈るためのもののような気がしています。

もっと単純に考えると、天に祈ることと、地に祈ることになるのでしょうか?

私が本当に驚愕したのは、この両者がすぐそばに並立していることなのでした。
Commented by チェリー at 2016-09-12 01:11 x
すみません、もうひとつ書いてしまいます。
「犬岳」が重要なポイントなのかどうかということなんですが…
これも方位による位置決めの話なんですが…
思い切って、小数点以下第二位までの数字を上げてしまいます。

「松尾弁財天」は「天山」頂上の三角点から 120.01°でした。
今度は折り返して「犬岳」から 300.00°の位置に「天山神社上宮」があったのです。
更に「岩蔵天山神社」から「犬岳」までが 120.04°でした(直接見えないですけど)。

天山神社の起源がこの土地、とりわけ「犬岳」に大きく関わっている可能性があると思います。

あとですね、みやま市の「権現塚古墳」から「岩蔵天山神社」が 299.96°でした。


Commented by lunabura at 2016-09-12 22:28
山頂がぴったりと来ない時は、磐座を置いて修正するのではないかという仮説を持っているのですが、そんな仮説を持っていたことを思い出しました。
ブログUP楽しみにしています。
すごくラインがあって時間が掛かりそうですね^^
Commented by チェリー at 2016-09-22 01:19 x
まさかとは思いますが、ワンちゃんのお散歩がてら、太神宮からの日の出を見ようとする方がおみえかもしれませんので…
私は歴史に加えて天文も素人なのですが、わかる範囲でとりあえず…
今年の秋分の日は22日(今日!)ですが、正確には23時21分です。太陽の軌道が秋分点を通過する時刻です。
つまり、日の出時刻に限れば、23日の日の出の方が近いです。それでも、23日の日の出は太陽の左端が「犬岳」の頂上にかかると思います。
秋分の日の日の出の位置は、毎年少し変わりますが、犬岳から昇るといっても間違いにはならないと思います。

カシミールで作成した22日の画像は、ちょうど太陽の軌道が「犬岳」の山頂に一致しますが、暦で定めた秋分の日の日の出が「犬岳」のど真ん中に昇るというのは、まれなことなのかもしれません。

このあたりは、まーりんさんが書いてみえる、太陰暦が実際の満月と必ずしも合わない、ということにも通じるのかな?
Commented by まーりん at 2016-09-22 20:50 x
暦と天文現象の時間差ですか・・・太陰暦の名月と実際の満月とのずれに通じますね(^^)
「秋分の日」は、太陽が秋分点の上を通過する瞬間=「秋分」を含む日=秋分日のこと。ですから、秋分が日付が変わる間際であっても、今日が秋分になるのですね!
秋分の時刻と、日の出の時刻のずれは、最大で24時間以内。でも、太陽の軌道が山頂というピンポイントを通過するかどうかに、このずれが大きく関わっているのですね。今回犬岳という具体的事例で実感させていただきました。古代の天文学者は、祭祀の場所や日時をどのように決めたのでしょう、なんだか気が遠くなりそうです。
Commented by lunabura at 2016-09-22 22:45
ちぇりーさん、まーりんさん、こんばんは。
実際の日の出というのは、観察したことは無いのですが、
目測では決まらないだろうなと思っています。
特に、夏至や冬至はUターンするから、ますます分からないだろうって。
あくまでも想像です(^^;
で、星座がその日を知らせてくれるらしいです。
まだ研究していないけど、真鍋の本に書いてあります。
私も素人なので、理解不足で、じれったいです。
Commented by チェリー at 2016-09-25 04:33 x
lunaさん、こんばんは。
ラインの画像化を始めました。「地図でつなぐ聖地の旅 「ひめちゃご」がつなぐライン群 その1」です。
いつものようにスローペースになります…

まーりんさん、少し異なるパターンになりました。お暇な時に御覧くださいね!
Commented by まーりん at 2016-09-25 20:23 x
チェリーさん、「地図でつなぐ聖地の旅」これからも楽しみに拝見させていただきます(^_^)
画像をつくって並べ、説明を入れていくのは、大変な作業だと思います。どうぞゆっくり公開していってくださいませ。・・・なんてね、一度にたくさん説明されると、わたしの脳がオーバーヒートしてしまうからなんですけどね~。
Commented by lunabura at 2016-09-25 23:09
ちぇりーさん、画像化ありがとうございます。
まさかの櫛田宮でした。
やはり、マウンドを造ったのでしょうか。
このサイズ、みやま市の権現塚古墳と似ているなあ。
いつか、確認しなくては。
この先、楽しみにしています。
Commented by チェリー at 2017-02-05 23:49 x
lunaさん、こんばんは。
その、まあ、不思議な話というだけという気もしますが、記事をひとつUPしました。
『地図でつなぐ聖地の旅 「ひめちゃご」がつなぐライン群 番外 国道208号線』です。
お暇な時に御覧くださいね!
『「ひめちゃご」がつなぐライン群 その4』もUPしているのですが、その5 とセットになりますので、後程ご連絡いたします…とんでもなスローペースです…ご容赦ください… 
Commented by lunabura at 2017-02-06 23:15
すご~くまっすぐですね。
新しい道でしょうか。
現代でも測量するのに、古代のモノと重なるという例でしょうか。
走ってみたいです♫
Commented by チェリー at 2017-02-08 00:23 x
国土地理院のホームページで調べてみましたが、驚いたことに1911年(明治44年)の地図で、すでに真っ直ぐな道ができていました。でも筑後川を渡る橋がない…何の為の道路なんだろう?集落も田畑も道に沿ってできていませんので、大昔からの道ではないようです。これは謎ですねぇ…
もうひとつ、神﨑から佐賀城への真っ直ぐな道がありますけど、これも1947年の航空写真で、すでにあります。こちらはどこかをつなぐラインとしての意味はわかっていませんけど…
まあ、今のところは「ひめちゃごの都市伝説」ということにしておきますね!
Commented by lunabura at 2017-02-08 23:21
面白いですね。
橋が無いのは、多分渡し舟を利用していたんだと思います。
私が高校生の頃も、筑後川には渡し舟がありました。
(別に弥生時代の話ではないんですが(^^;)
まっすぐの道は開拓していった名残かなあ。
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