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ひめちゃご19 離石神社 イザナミの磐座



ひめちゃご19

 離石神社 イザナミの磐座
 


奥八女の宮に戻ろう。
最後に参拝したのが「離石神社」だ。「はなれいし」と読む。







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この磐座の画像。
「はなれいし」と言われながらも、「はなのいわや」と聞こえたのが
この奥八女の旅のきっかけだった。

「はなのいわや」は「花窟」と書く。
三重県熊野市に鎮座する宮だ。
イザナミの墓所とも言われている巨大な磐座がある。






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遠くかけ離れたここ、筑紫の八女の奥にある離石神社も祭神は「イザナミ」だという。

偶然にも紀州と奥八女がつながった。






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それにしても、どうしてこの白木川沿いにイザナミが単独で祀られているのか。

以下のように「福岡神社誌 中」を見ても由緒は分からない。

「村社 離石神社 八女郡白木村字東一ノ瀬
祭神 伊邪那美神
由緒 不詳、明治6年3月24日村社に列せられる。
例祭日 11月15日」


祭神は「伊邪那美神」一神だけなのだ。
一柱だけという宮はとても珍しい。

いったい誰が磐座を置き、イザナミを祀ったのか。





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ご神木は楠のようだが、この楠が磐座群に食い込んでいる。
樹齢はまだ1000年には満たないだろう。

楠はこれからさらに巨大化するので、残念ながら磐座群は破壊されていく。
これも自然の営みか。

原型を見てみたいという思いはある。









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拝殿の彫り物の豪勢さは当時の信仰の篤さを示している。
菊紋だろうが、小菊のように見える。





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花窟との関わりは同じ「イザナミ」を祀るという事以外には分からない。




しかし、チェリーが意外な測量図を送って来た。


それは大地に描かれる二等辺三角形を示した地図だが、
その底辺の左のポイントには七支刀の「こうやの宮」があり、
右のポイントには「小国両神社」があった。

「小国両神社」は阿蘇山の「炎のピラミッド」を形成する一社だ。

「こうやの宮」と「小国両神社」を底辺とした二等辺三角形の頂点には
「麻氐良山」があった。

その「麻氐良山」(まてらやま)こそ、
中大兄皇子が母の斉明天皇の命乞いのために
麻氐良布神社の複数の祭神の中で、イザナミだけを降ろして祀ったという山なのだ。
だから、イザナミは消えている。

これが今月の歴史カフェのテーマに連なってくる。

この離石神社はその二等辺三角形とは関連はないのだが、
「ひめちゃご」としては「イザナミ」というキーワードが浮上した。

「花窟」(イザナミ)-「離石」(イザナミ)-麻氐良布(イザナミは朝倉橘広庭宮のそばに)

イザナミは日本神話の大母たる女神であり、
黄泉の国の住人となった哀しき女神でもある。


このタイミングでイザナミの話をするとは思いもよらなかった。

堂々巡りの大きな螺旋に呑み込まれていくのだろうか。
大地母神たるイザナミの螺旋に。

何故、中大兄皇子がからんでくるのか。

答えはまだ見えない。



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by lunabura | 2016-09-21 20:34 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 元早良区民 at 2016-09-21 23:32 x
花の窟ですか〜!去年行きました。伊勢から山道、レンタカーぶっ飛ばして3時間くらい?
さっき七里御浜で撮った動画を見て懐かしんでたとこに、るなさんの記事でビックリです。
花の窟は、イザナミ様だけでなく、摂社にイザナギ様とホノカグツチ様。
上方の紐?ロープ?を組んだものが、12神でした。
私とはご縁が繋がらない筑後と関係してるなんて、意外です。


Commented at 2016-09-22 00:56
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2016-09-22 22:36
元早良区民さん、こんばんは。
ご縁ですな^^
繋いでくださってありがとう^^
Commented by lunabura at 2016-09-22 22:38
非公開さん、そうですか。
末おそるべし。
Commented by dostoev at 2016-09-27 12:10
伊弉諾と伊邪那美両神が祀られる神社の大抵は、縁結びの神として祀られている場合が多いです。ただ伊邪那美単独の場合は、やはり黄泉津大神としての意識が強いのかも。となれば、磐座は"千曳の岩"の可能性もあるのでしょうか。天智天皇時代に「大祓祝詞」が作られましたが、やはり天智天皇も穢祓の意識は強かったものと思われます。民俗学的には黒不浄と呼ばれる人の死を司る黄泉津大神の伊邪那美を、天智天皇は閉じ込めたかったのかもしれません。
Commented by lunabura at 2016-09-27 22:06
そうですね。
朝倉の別所神社では中大兄皇子が麻氐良山からイザナミだけを別けて祀って母帝の病気平癒を祈願しています。
おっしゃる通り、黄泉の国に連れて行かないようにと願ったのだと思います。

こちら八女の方ではその伝承はないので、手が付けられないのですが、何か原型を伝えているような感じがしてならない磐境です。
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