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ひめちゃご22 岩戸山古墳に食い込む太神宮の怪



ひめちゃご22

 岩戸山古墳に食い込む太神宮の怪
 


八女津媛神社のあと、岩戸山古墳に向かった。

何十年ぶりだろうか。

岩戸山古墳は筑紫君磐井の墓に比定されていて有名だが、
やはりアプローチは狭くて分かりにくい。

かつての記憶に残る小さな倉庫は歴史資料館になっているようだが、
これも新しく作り替えられる寸前だった。

岩戸山古墳に関してはまだ投稿していないような気がするが・・・
記憶があいまいだ。





あらためて「ひめちゃご」で「太神宮」の重要性を知ってから、
脳裏に浮かぶのが岩戸山古墳に食い込む、この「大神宮」の存在だった。





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岩戸山古墳の「太神宮」は前方後円墳のくびれ部に食い込んでいる。
明らかに墳丘の築造後に意図をもって建立されたものだった。









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測量図を見ると、古墳の主軸は東西だが、やや南に振っているような印象だ。

これに対して太神宮の主軸は南北だが、やはり西に振っている。







住所は八女市吉田字甚三谷。

「福岡県神社誌」を調べると、
「村社 太神宮 八女郡長峯村大字吉田字甚三谷」がある。
これで間違いないだろう。

この祭神は「大日孁貴尊、菅原道真」となっている。

由緒は不詳だが、菅原道真は字屋敷村の天満宮を大正11年に合祀し、
この時、社号を「村社 太神宮」と改称したとある。

「太神宮」に改称する前の社号は書いていない。

境内神社に松尾宮(大山咋命)祇園社(素戔嗚尊)がある。

以上から、「太神宮」は「大日孁貴尊」のみを祀るものとなる。
「おおひるめのむち」
アマテラスの別名とされるが、これも容易に習合させてよいものか、
段々と慎重にならざるを得ない。

同じものを指すとしても、時代や背景など違うものがあると思われ、
その呼称を使うということに、祀る人たちの意図が秘められているからだ。





何故、磐井君にオオヒルメノムチ?



この「太神宮」の問題は墳丘に食い込んでいるだけではない。

かつては後円部の頂上にも鎮座していたのだ。









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太神宮に向かって左手に鳥居と石段がある。
そこから墳丘に上って行けるようになっている。

まっすぐに前方部の頂上に出る。









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そこに、松尾宮があってまずは驚いた。











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3つの松の紋だが、三階松とは重なり方が違う。
しかも祭神が大山咋命なのだ。
これまでの松尾宮に対する捉え方を考え直さねばならなくなった。







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そこから主軸に沿って墳丘上を歩くと後円部に玉垣が見えてくる。









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磐井を祀ると思いきや、太神宮旧跡とあった。

つまり、磐井君の真上に大日孁貴が鎮座するというのだ。
これはいったいどういうことだろうか。

単純に敵方と考えるのも短絡的過ぎるが、
もし、そうなら、封印的なものと捉えざるを得ないような在り方だった。


鎮魂のために墳丘の上に鎮座したとは考えにくかった。

この太神宮の存在がずっとなじめずにいた。
今、中大兄皇子の祭祀を知ってからも、やはりいぶかしさが取れないままだった。

いったい何のために太神宮が古墳上に造られたのだ・・・








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by lunabura | 2016-10-03 23:04 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)
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Commented by チェリー at 2016-10-05 01:38 x
聖地の継承のような気がします。
以前書きましたが、釣殿宮だけではなくて、みやま市の太神宮にも方位角のラインが設定できるかもしれない…その場合は星原山という山から 270.00°(真西)になります。星原山の真北がマテラ山腹の普門密院というお寺になって、普門密院の南西がみやま市の太神宮になります。直角二等辺三角形になるわけです。小さい方の直角二等辺三角形ですね…

岩戸山古墳後円部頂上部に三角点があるのですが、星原山から299.98°でした。
つまり、星原山から 270°(真西)と 300°の位置に、それぞれ太神宮が配置されているように思えます。

とてもダイナミックに大地を把握して、聖地を配置するというデザイナーがいたというか、そういう意図を感じることがあります。八女の地もそうなのかもしれません。
Commented by lunabura at 2016-10-05 23:13
チェリーさんいつも調べてくださってありがとうございます。
普門院を調べると奈良時代のもので、かつては筑後川流域にあったのが現在地に移動したとか。
しかも、聖武天皇の勅命で造られたとなると、深い意図があったことと思われます。
そうすると、測量の時代が少なくとも二つの時代にあったことになり、
それが謎を解く手がかりとなりそうですね。
例えば倭国の時代の測量と日本国の時代の測量とか。
ブログUPを楽しみにしています。
Commented by チェリー at 2016-10-14 23:28 x
とても遅れています…ごめんなさい!
やっとupしました。「地図でつなぐ聖地の旅 「ひめちゃご」がつなぐライン群 その2」です。
お暇な時に御覧ください!!
Commented by lunabura at 2016-10-18 20:12
チェリーさん、すごいライン群ですね。
しかもブログに載せたものばかりが縁を結んでる。

ちょっと、考え込んでしまいました。
物部?
大きなヒントになりそうな。

記事が埋もれるので、該当ページを下に載せておきます。
ご覧になりたい方は行ってみてください。

http://sakurasaku0911.blog.fc2.com/
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