ひもろぎ逍遥

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本日「遠賀の女神」でした




今日は嘉麻市での古代史シンポジウム。
神功皇后について話をしました。

「夢サイトかほ」はとても素敵な会場でしたよ。
ラストに舞台の後ろのカーテンを開くと総ガラスになっていて、
馬見山が美しい姿を見せてくれました。

粋な演出ですね。(^_-)-☆

お世話になったスタッフの方々、
また足を運んでくださった方々、ありがとうございました。



神功皇后伝承に関しては、
「いくつもの話が複合されたのではないか」
というご意見をいただいたのですが、

「神功皇后」がここでこうした、
と書かれたものを、「誰か他の女性」が、と書き換えたとたんに
歴史の改竄になってしまいます。

私が手を入れるのは古語で書かれた文を現代語に直すことだけです。

自分の論に合わせて人物を創り出すような態度は避けています。
ですから、「神功皇后以外の誰か」と書き換えることは決して受け入れられません。



また、会場の質問で「伝承の精度」について質問がありました。

確かに平成になって書かれた説明板には現代人の考えが入ったものがあり、
採用できない内容のものを散見しました。



しかし、1800年もの間、祭や伝承を伝えている当該神社の由緒に対して
敬意と畏れはあっても、
「精度はどうですか」と言うような考えは一切もっていません。

伝承の精度というのは、事実が明らかにならないと比較できないものです。
今、伝承の研究に手が入ったばかりのところ。
精度の検証は次世代に委ねることになるでしょう。


まずは「あるがままを受け入れる」という態度を貫いての研究です。

これは譲れないです (´・ω・`)

その結果、神功皇后が一筋の道を歩んでいたことが分かったのです。
そして、多くの古代豪族たちが協力したり敵対したりした姿が浮かび上がりました。



今日、新たに分かった伝承がありました。

志村裕子氏によると、
「大三島の大山祇神社の縁起に『オチミナミの命』が『新羅の塵輪』の首を
取った時の刀が伝わっている」そうです。

それを謎に思われていたのですが、今日のシンポジウムで
裏付ける伝承が忌宮神社にあったのを知って驚かれたそうです。

私も、まさかあの「鬼石」に係わる武将がいたとは想像もしていませんでした。



古代の人の名がまた見つかった!

と言って、こつこつと伝承をつないで歩むだけです。


我ながら変な趣味だなあ(^^;




※コメント沢山ありがとうございます。返事は待っててくださいね。




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by lunabura | 2016-10-16 21:37 | にっき | Trackback | Comments(6)
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Commented by あいくん at 2016-10-17 06:49 x
シンポジウムに参加させていただきました。わたしは朝倉市に住んでいます。綾杉先生のお話は明解で聞きやすかったです。説得力ありました。本も購入しました。奥が深い本ですね。朝倉市の神社もいろいろ取り上げてあって訪ねてみたいと思いました。シンポジウム終了後に馬見神社に行きました。参道が長いのでびっくりしました。綾杉先生も行かれたのですね。今度シンポジウムでなく、綾杉先生の講演会に参加したいです。
Commented by 筑後国造 at 2016-10-17 08:34 x
“女神輝く遠賀川”  拝聴させていただきました。

内容が盛り沢山で、駆け足でしたね。

やはり、一つ一つをじっくり検証し、点を線につなげていくことの重要性を感じました。

そして、他分野の方々の、一見、荒唐無稽にも思える内容に隠された、興味深い研究と思い、考えさせられます。

伝承されてきたものへの、真摯なる対応を感じさせられている、今日この頃です・・・

筑後平野から、いつも眺めている古処三山を、筑豊から、しかもステージ背後に逆の並びで見られたことは、本当にサプライズで新鮮でした。

自分自身の、発想の転換が必要です。

今朝の西日本新聞の、シンポジウムの様子の写真が、全体を捉えていなかったのが残念でした。重要な部分が抜けていたので・・・
Commented by lunabura at 2016-10-18 20:32
あいくんさん、遠方からありがとうございます。
朝倉は幾層にも歴史が重なっていて、魅力的な所です。
ドライブにもいいし。
まだまだ、行きたいところがあるんですよ。
Commented by lunabura at 2016-10-18 20:36
筑後国造さん、来ていただいたんですね!
ありがとうございます。
やはりあの山々はどちら側からも重要なんですね。
嘉麻市の道路から見えるこんもりとした森は殆どが古墳だそうです。
カマダ(正式名を忘れた)の遺跡は見渡す限りが弥生遺跡で、
吉野ヶ里に相当する広さがそのまま埋まっているとか。
次の時代の古墳も多すぎ!
きっと装飾古墳もいっぱいなんでしょうね。
生きている間には拝めません(^^;
Commented by 銀千代です( ̄▽ ̄) at 2016-10-18 22:18 x
現嘉麻市、銀千代の故郷です。
素晴らしく遺跡、古墳の多い事に今更気付き嘆いています(笑)
しかも、神社も多く今は誇りに思っています!
Commented by lunabura at 2016-10-18 22:40
嘉麻市はかなりの豪族がいましたね。
是非、レポートお願いします。
全体の様子が分かるといいなと思ってるんです。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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