ひもろぎ逍遥

lunabura.exblog.jp ブログトップ

日向星(ひむかみぼし)スハイル星 冬至、春分の目安星



日向星(ひむかみぼし)

帆座 アル スハイル アル ワズン
冬至、春分の日の目安の星
 




太陽を観測するだけではどの日が冬至か、夏至か、あるいは春分、秋分か、
目測では決め難い。

暦があるからこそ、観測できるものだ。

特に、太陽がUターンする夏至や冬至は振り子が止まって見えるように、
留まってみえる(だろう)。

(だろう)というのは、寝坊助には観測の経験が無いから(^^;




古代の人はどうやって見定めたのか。

星見の物部はこれに星の観測を組み合わせていたという。
その時を告げる星を日向星と呼んだ。

学名でアル スハイル アル ワズン。
略してスハイル星という。

以下、『儺の国の星拾遺』から


<冬至>
神代の昔、遠い祖先は暁方にこの星が南の果てに上がるのを見て
冬至の日を見定めたと語られている。

やがて朝日が上がるのを家屋の左端に望んで、
春を待つ心によろこびを感じたと語られている。

今は赤緯歳差で南天の彼方に去ったが、
古今和歌集の頃は大寒厳冬の最中になっていた。

氷上星(ひかみのほし)、或いは氷室星(ひむろのほし)
日甦星(ひのかわりぼし)、氷川星(ひかわのほし)がこれであった。

<春分>
また暮れ方のまだ明るい春霞の彼方に
彼岸の中日に眺めることが出来たところから、
中日星(なかびのほし)、或いは日拝星(ひおがみぼし)、
日向神星(ひうがみぼし)などの名もあったという。

<道真公>
延喜式以降、筑紫では天神星(てんじんのほし)の名が
いつとはなしに出来上がった。
菅原道真の命日に見えたと伝えられる星であった。

<立冬>
今から1994年昔は、
明け方にこの星が有明の干潟の彼方に上がる日が立冬であった。

その頃は立冬を元旦とする氏族も多かった。
因りてこれを冬日星(とうひのほし)、なまって登志星(としのほし)と
呼んでいた。

以上『儺の国の星拾遺』p202

< >は綾杉が追加したもの。


まとめ

スハイル星
冬至 明け方、南から昇る。 氷上星。
春分 暮れ方、明るい春霞の彼方(西?) 中日星、日拝星、日向神星、
立冬 (太宰府から見て?)有明海の方角から昇る。 冬日星、登志星
旧2月25日 道真公の命日にちなんで 天神星



星が季節によって時間と方角を変えて姿を見せる。
ダイナミックな宇宙の動きを古代の人は感じていたんだな。

「日向」の地名を地図で探すと次々に出てくる。
案外、天体観測に関連する地形だったのかもしれない。

日向神(ひゅうがみ)は地名だが、星の名でもあったとは興味深い。
人々は辿りついた地に星の名を付けていったという。
美しい話だ。


c0222861_2057272.png

                     画像出典 ウィキペディア 
帆座 λ(ラムダ)が スハイル星




いつもポチっと応援ありがとう。
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村
c0222861_15184581.gif


[PR]
by lunabura | 2016-10-31 21:03 | <星の和名・天文> | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://lunabura.exblog.jp/tb/26107540
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented at 2016-11-01 22:16
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2016-11-01 23:28
まだまだ情報を理解しようとしている段階なので、
あれこれと考えてみて、結論は先の方でいいのではないかと思っています。
真鍋の情報も、完全に鵜呑みにはしないようにしています。

で、日向神の情報を仕入れて日向神に行くと、また別の世界が見えるのではないかと思うと、こちらもソワソワします^^
line

綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


by lunabura
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー