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歴史カフェ1127・29は「物部とヒメコソ神」


歴史カフェ1127・29は

「物部とヒメコソ神」



今月の歴史カフェのご案内です。

今回は「物部とヒメコソ神」というテーマです。

進行中の「ひめちゃご」の始まりが「ひめこそ」だったのですが、
今回の歴史カフェでは、
佐賀から小郡市にかけての「ヒメコソ神」を祀る宮々、
そしてその不思議な関わりを伝える「肥前風土記」などのの整理をします。

また、『古事記』や『日本書紀』に書かれている「市杵島姫」を整理します。

これで分かったのですが、
沖ノ島に祀られているのは「田心姫」(たごりひめ)とは限っておらず、
列挙すると、多紀理毘売、田心姫、瀛津嶋姫、市杵島姫となりました。

つまり、本によって祭神は異なっていたのです。

また、三女神は十握剣から生まれたとされていますが、
勾玉からだったり、三本の剣からだったりしていました。


これを彗星の物語とするのが真鍋大覚です。

真鍋を読むことは物部の祭祀を読むことにも繋がるので、
今回も少しずつ読み合わせていきましょう。

そして、ヒメコソ神を祀る佐賀~鳥栖~小郡、
また、七支刀を持つ神像を祀る太神~長島、
など、物部の色濃い地域の祭祀線などを地図に落としていきます。

今回は色塗りペンを3色持って来て下さいね。
(追加:ハサミとノリ)
(追記:定規)


ご参加、お待ちしています。



日程 11月27日(日)2時~4時
    11月29日(木)2時~4時


会費 1500円 (別途、ドリンクを各自でご注文ください)
   (会費は当日、受け付けにて)
募集人員 若干名(要予約)

会場  オーガニック広場 ひふみ
 福岡県古賀市天神1丁目2-3 
    (JR古賀駅前) 駐車場はありません。
092-944-5755
申し込み方法 
「歴史カフェ1127希望」もしくは「歴史カフェ1129希望」と書いて、
郵便番号 住所 氏名 をご記入の上、
メールでコチラに送ってください。
(コメントでハンドルネームを使われた方、よかったらそれもご記入くださいね♪)

メールはサイドバーの「メールはコチラ」からでも大丈夫です。
一度参加された方は、住所は書かなくても結構です。

申し込みがあれば必ず返信しております。
返信が無い場合はブロック解除、あるいは「アドレス違い」がないか、
調査をお願いします。




オーガニックな食材のお買い物が出来ます。(^-^)


地図 オーガニックひろば ひふみ

 皆さんのご参加をお待ちしています♪


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by lunabura | 2016-11-26 21:50 | 歴史カフェ | Trackback | Comments(5)
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Commented by dostoev at 2016-11-30 02:29
質問ですが、この「肥前國風土記」のヒメコソ神は、「筑後國風土記」の荒ぶるツクシの神と位置的に、同一神でいいのですよね。ところで地元にも幡が飛んで行って落ちた場所に、神を祀る。もしくは、その幡が蛇に見えたとの伝説がありますが、似た様なものを探すと、やはり蛇と女神が登場するのは、大元の話が「肥前国風土記」なのでしょう。

話は変わりますが、この前コメントを書いた龍の絵と同じ様な絵を地元で見つけました。それは白龍神社で、祭神が天御中主命と弥都波能売神と竜王でしたから、地元の神社は、水天宮とも結び付いているようです。
Commented by lunabura at 2016-11-30 21:16
こんばんは。
「肥前国風土記」と「筑後国風土記」の位置ですが、読んでみると、違う場所でした。
「肥前」の方は鳥栖と小郡市の話なので、肥前と筑後に跨っています。干潟に突き出した岬状、あるいは河岸段丘の話となります。
「筑後」の方は「筑後」と「筑前」の境の話で、険しい道のようですね。上記とは場所が違っています。
針摺の瀬戸がふさがったあと、細い崖沿いの道でも通ったような印象を受けたのですが、これは単なる推測です。

龍の画像、ブログで掲載されるのを楽しみにしています。
Commented by dostoev at 2016-12-01 16:41
ざっくり見れば同じ場所かなと思っていましたが、違う場所でしたか。しかし、違う場所といっても、これだけ近い場所に荒ぶる女神が二柱も斎いているというのは、どうなのでしょう?剣を調べていくと、手にしている神の荒魂を意味するとわかりました。となれば、宗像三女神は、天照大神の荒魂から三分割された女神と解釈もできます。ヒメコソ神が宗像の神なら、ツクシの神も同じ宗像の神である可能性もありかなぁと。それを裏付けそうなのが「宗像大菩薩御縁起」で、西海道風土記を引用した後の付記に、三種の神器である八咫鏡を祀る辺津宮に祀られる神は「三韓征伐之霊神也。」と記されています。神功皇后の三韓征伐に宗像三女神が勧請された話は知りませんが、ただ天照大神の荒魂である撞賢木厳之御魂天疎向津媛命であるなら、それは納得するものです。その荒魂が三分割され、辺津宮、中津宮、沖津宮に祀られているなら分かり易いと思うのですよ。問題は、本来の辺津宮に祀られる神は誰になるのか?なのでしょう。
Commented by dostoev at 2016-12-01 17:00
今書きこんでいてフト思ったのですが「沖・奥」津宮、「中」津宮と「おき」「なか」と続いたので、まさかとは思うのですが思わず息長(おきなが)帯比売命をイメージしてしまいました。
Commented by lunabura at 2016-12-01 22:39
そうですね、風土記に関しては、地元からすると、やはり全く離れている感じがします。別神ですね。

三女神について。
筑後では景行天皇が祀り始めた例がいくつかあり、神功皇后や斉明天皇が再び祀っています。筑後の三女神を祀っているのは水沼の君です。
向津媛は小山田斎宮(古賀市)や斎宮(久山町)で、明らかに三女神とは違っています。
三女神に関しては『日本書紀』の一書の一から三まで、本文とは違う組み合わせもあります。しかも三女神が生まれた物実は勾玉だったり、日神自らの三本の剣だったりしています。
どの伝承の立場をとるか、
それを明確にして論じる必要があるのだな、と、この度分かりました。
本によって思想が違っていることになります。
息長足姫姫は国家鎮護の神として、また武神として三女神を捉えていたと思います。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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