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ひめちゃご40 宇佐神宮 菱形池



ひめちゃご40

宇佐神宮 菱形池
 








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宇佐神宮の本殿の前で三人とはぐれてしまった。


参拝を済ませて、遥拝所から御許山を撮影していたら、
互いを見失ってしまったのだ。









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御許山には神代に比売大神が降臨したという。








三人を追って下宮に向かうが、どうやら自分が先に移動しているようだった。

携帯があるから安心できる時代だ。

私は連絡して場所を確認すると、その足で菱形池に向かった。

もう一度行っておきたい。








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しかし、行けども行けども記憶の池は無かった。

他の神社の記憶と混じり合ったのか。

それとも、夢の中の記憶なのか。












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菱形池は広かった。









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石橋をいくつか渡った。









先ほど行った薦神社のご神体である三角池を考えながら。


 
三角池は三つの沢で形成されていた。
「鏡澤」「鉾澤」「玉澤」
渡来人が造成したと書かれているが、目的がよく分からない。
隣の地名は「加来」すなわち「星」の意味だ。

安心院との繋がりが思い起こされた。
鉄の匂いがする。


地形的に、この宇佐神宮も同じ匂いがするのだ。



『八幡宇佐宮御託宣集』によると、
欽明29年(569)この池の辺に鍛冶(かじ)の翁がいたという。

その翁は頭が八つあり、人々が見に来ると、その半分を殺した。

大神比義が行くと、人はおらず、金色の鷹がいた。
その鷹は金色の鳩となって袂(たもと)に止まった。

それから大神比義は三年間穀断ちをして祈ると、三歳の子供が現れた。

竹の葉の上で
「自分は辛国の城に八流の旗をともに天下りして日本の神となった。
釈迦菩薩の化身である。

十六代誉田天皇広幡八幡麻呂である。云々」
と語った。

三歳児、即ち応神天皇だ。
十六代であるのは神功皇后を十五代天皇として数えているから。

それがここの池の話だった。

文脈からは「鍛冶の翁」は応神天皇の化身となる。

ここには鍛冶の民が住んでいた。

豊かな水と湖沼の葦。鉄の材料に事は欠かない。



そして、神代から比売神がおわした。

参拝した人の多くは本殿の正面が八幡神でなく、比売神であることに驚く。

しかも、宗像三女神の称号ではない。

宗像三女神では不都合なのか。



『託宣集』では応神天皇の母は神功皇后で、父は住吉とする。
ここ宇佐では住吉族が活躍していた。

住吉族が宗像の三女神を崇敬するのでは都合悪かったのか。
あるいは、別の姫神だったのか。

薦神社では明らかに宗像三女神の名が書かれていたが。





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(水分神社)







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by lunabura | 2016-12-13 21:39 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(4)
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Commented at 2016-12-13 22:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2016-12-14 07:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by lunabura at 2016-12-16 23:43
非公開1さん、こんばんは。
返事が遅くなりました。いつも楽しみに拝見しています。
ところで、その姫をネットで調べると、私と繋がっている方でした。
全く知りませんでした。
訪問記、楽しみにしています^^
Commented by lunabura at 2016-12-16 23:44
非公開2さん、ありがとうございます。
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綾杉るなのブログ 神社伝承を求めてぶらぶら歩き 『神功皇后伝承を歩く』『ガイアの森』   Since2009.10.25


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