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ひめちゃご49 八所神社4 八祭神は天皇を守護する神々だった



ひめちゃご49

八所神社4 

八祭神は天皇を守護する神々だった
 



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最後に、この八所神社の祭神を書いていないことに気付いた。

福岡県神社誌によると、

高産日神、神産日神、足産日神、生産日神、
魂留産日神、御饌産日神、大宮能賣神、事代主神

である。

このほか、以下の三社が合祀されている。
今宮神社 菅原道真、
武徳神社 加藤清正、
須賀神社 素戔嗚尊

加藤清正がこの地方で祀られているのは面白いが、
今日のテーマは社号の「八所」にちなむ「八柱の神」のことだ。


同じ「八所」の社号が付いている宗像の八所宮の祭神とは祭神を異にしている。

初めての神々なので、調べないといけないが、多いなあと躊躇していると、
ブログ「月船物語」に投稿されたばかりの記事を見て驚いた。


津森神宮
が挙げられていたのだが、そこに同じ神々が祀られていたのだ。

http://tukifune3.exblog.jp/26576161/


住所は 熊本県上益城郡 益城町寺中708
あの、熊本の地震の爪痕の厳しい地の神社だった。


この津森神宮も被害があったようだが、社殿は何とか保たれたようだ。


益城郡は山の中とばかり思っていたが、
縁起によると、かつては入り海だったという。

以下はHPより。

<本宮は、欽明天皇二年(西暦540年) 神武天皇の神霊神勅により
時の国司・藤原法昌により創祀せられました。

往来此の辺りは入り海の津でしたが、
神武帝の霊体出現時よりたちまち森となり、
此の地は 「津森」と言われ宮所の名となっています。>

欽明天皇二年とあるので、磐井の乱の傷跡も残る時代のことだ。
神武天皇の神霊からの神勅があったという。

それでだろう、ここの主祭神は神武天皇である。

東末社に天照大神が祀られて、西末社に八柱の神々が祀られていた。
その神々は以下の通り。

高産日神、神産日神、足産霊神、生産霊神、
魂留産霊神、御膳神、大宮賣神、事代主神

次に八所神社の祭神を並べてみる。

高産日神、神産日神、足産日神、生産日神、
魂留産日神、御饌産日神、大宮能賣神、事代主神

全く同じ組み合わせだった。単に表記が違うだけである。
福岡と熊本の八座が同じだということは、セットの神々だ。

鎮魂八神で調べていくと、この八神は「天皇を守護する八神」と分かった。

益城の津森神宮と水巻の八所神社は創建の事情は違えども、
同じ神を祀るという点で氏族が共通していることも伺える。


話を八所神社に戻すが、
ヤマトタケルや斉明天皇がここに来たのは、
この八神が鎮座していることが一番の理由だったというのが分かった。

まさに自分を守護する八神に祈願をしに来ていたのだ。

その神々を天文の民が祀っている。

地名は「二」。
物部二十五部衆の一つに「二田」ふただ物部がいる。
これと関連はあるのだろうか。




地形がいずれも入り海だ。
これは新しい古代地図を描き始める瞬間かもしれない。










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by lunabura | 2017-01-24 21:31 | 「ひめちゃご」 | Trackback | Comments(2)
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Commented by まーりん at 2017-01-30 00:31 x
津森神宮の「夜泣き貝」から、銀杏や楠の大樹にすみつく貝の伝承を調べてみました。この話、単なる伝承じゃなくて実際にいまもあるのが面白いですね。
同様の話が、東京府中の大國魂神社にもありました。武蔵の国魂。またしても秩父・入間・見沼の勢力圏でのことでした。
貝がすみつく樹の話も、八所神社のように、入り海で船が入った場所の伝承という共通性がありそうです。が、他の地方は検索にかかってこないところをみると、武蔵のあの地域はよほど強く古代九州とつながっているのかもしれませんね。
Commented by lunabura at 2017-01-30 20:25
> まーりんさん
「夜泣き貝」の形が分からないのですが、福岡では楠に住み着くのをニナ貝といい、一センチほどの小さな巻貝です。
これが神功皇后が凱旋したときの船底にびっしりとついていて、大善寺玉垂宮(水沼の君)の楠についたといいます。各地に形を変えて伝わっています。
そのニナ貝が船底につくと、バランスが良くなってひっくり返りにくくなると、現代でも言うそうです。
船と繋がっているのですね。
神武などは安曇の船に乗っているはずなので、その湊には同様の話が伝わると思います。
ニナ貝の話だけでも、かなり面白そうですね。
ちなみに、我が家にも住んでいる(^^;
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